その真相は誰も知らないが、その数日前に彼は廃業の用意を整えていたから、彼にとってこの失踪は不慮のことではないのだろう。もしかしたら自発的なことかもしれない。
それを知る術は、誰も臨也の居場所を知らない今となってはない。また、大部分の人間が、そんなことに興味を持っていなかった。彼らの関心の募ることは臨也の居場所、ただ一つだ。
ポチリと、真新しい情報の載っていなかったメールをクリック一つで削除した正臣も、それを知りたがる人間の一人だ。もっとも、その理由は他の人間とは大幅に異なるだろうが。
臨也の失踪が決定的なものと囁かれる、その1ヶ月前、正臣は当の本人から長期有休を言い渡されていた。また大がかりな悪巧みでもするんだろうと、特に気に留めなかったことを正臣は後悔している。問い質してもはぐらかされるのがオチだと分かっていても、だ。
そんな正臣は今、情報屋の真似事をしている。臨也の手腕を手本にしてなぞり、臨也の顧客だった相手と出来るだけ取引をした。
その傍ら、臨也の行方を探った。顧客たちは隠しているのか知らないのか、臨也の所在を口に出す者はいなかった。
正臣自身、探し出して何がしたいのかは分からなかった。
正臣は臨也を嫌っていて、呼ばなかったということは、失踪後の臨也の生活に正臣は必要ないのだろう。考えても答えは出ず、正臣の中では、臨也を見つけ出してやるという思いだけが強くなった。
* * *
海風が、正臣の髪を撫でる。空気は塩辛さと湿気を含んでいて、遠くに来たのだと正臣に実感させる。長閑だ。もしかしたら臨也は疲れていたのかもしれない。
正臣が立つのは鄙びた港町の一角、港近くの堤防の上だ。そういえば、臨也は精神的にも物理的にも、少しでも高いところにいたがった。
この港町は、正臣の持つ最後の手掛かりだ。ここがハズレとなると、今度は手掛かり探しに数年をかけなければ、臨也には辿りつかない。
何年も探した。見下げきっていた情報屋という看板を掲げ、身近にはなりたくなかった職種の人間とも取引をした。
ここまで探してもまだ見つからないのか。あるいは喧嘩人形のような特異な嗅覚や、闇医者のような広い人脈を持っていれば探し出せたのか。それらを持たない正臣は、彼に出来るだけをやったのだ。これ以上はない。
だけどここで見つからなかったなら、それ以上を発揮するだろう自分を、正臣は自覚していた。
「――臨也さん」
名前も長いこと呼んでいない。返事をする誰かがいなければ、それはただの音なのだ。
臨也の名前を音同然に呼べば自分が一番傷つくだろうことも、正臣は理解していた。勝手なことだ。
「臨也さん、臨也さん、臨也さん」
「何かな、正臣くん」
勢いよく振り返る。その先には、失踪前と寸分変わらない、しかしトレードマークの黒一色ではない服を着た臨也がいた。驚きのあまり、正臣は硬直した。
「ただ散歩してただけなんだけど、名前を呼ばれたから。久しぶりだね」
「――臨也さん」
「うん。そういえば、君、情報屋始めたんだってね」
「廃業したんじゃないですか」
「少し調べれば簡単に分かるよ」
臨也の態度は正臣の知る限り、いつも通りだった。ただ、情報屋をやっていた頃のような毒気は抜けている。いつも通りだが別人のようだ。
「何でやめたんですか」
「うん」
「何で消えたんですか」
「うん」
「何で」
「うん……一人でよく頑張ったね、正臣くん」
労るように慈しむかのように微笑む臨也は、正臣が背負う光に照らされている。穏やかな光景はまるで夢のようだ。
遮られた言葉の飲み込んだ先を声に出さずに反芻して、正臣は理解した。
自分はただ、離れたくなかっただけなのだ。