二人の出会い 1

じりじりと強さを増す陽射しと、合わせて上昇する外気温。早朝の打ち水がすっかりと干上がる頃、パン屋店主の五条は期待を込めてドアを見つめた。そろそろあの・・お客が訪れる時間だ。
五条が営むパン屋はごく普通の、何処にでもあるような店だ。店主の好みで甘いパンを多めに、他は食パンやサンドイッチなども置いてある、住宅街にある地域のパン屋。そんな平凡な店に、最近、目立つ常連客が増えた。
客足の落ち着いた時間帯に現れる彼女・・は、三週間ほど前が初めての来店日だった。それ以来欠かさず、平日の朝に訪れている。
初来店からの期間は短いが、その頻度と、何よりひと目見たら忘れられない美人ということで、五条は彼女を〝馴染みの客〟として認識している。周りが勝手にひれ伏すような迫力ある美人なんて、そうそうお目にかかれるものではない。
と、カランとドアベルが鳴る。磨りガラスの向こうから現れた人影に、五条の気分はこっそりと上がった。
太陽を浴びて輝く金髪をきっちりと結い上げ、汗ばむ陽光でも崩れないメイクに、体にピッタリと合ったスーツ。一分の隙もないその格好に、五条はうっとりと感嘆を覚えてしまう。
五条は自他共に認めざるを得ない美女だ。天使も見惚れる可憐さが云々などと、ラブレターという名のポエムをもらうこともある。
そんな完璧な容姿を鏡で見慣れているから、他人の顔の良し悪しにも興味が湧かない。そう思っていたのに、ひと目見たときから五条は彼女に釘付けだ。彼女が自分が何をしていてもチラチラと視線で追ってしまう。重症だ。これが恋と呼ばれるものなのだろうか。
けれども、ずっと見ていては失礼だと、その程度の常識は五条も持ち合わせている。どうにか視線を引き剥がそうと苦心して、しかし彼女の来店三回目には諦めた。作業に没頭しようとしても店の奥に引っ込んでも、気付いたら見てしまっていたから。様子を窺うだけなら問題無いだろうと開き直った、とも言う。実際、彼女の足は遠のいていないので、問題視はされていないのだろう。とても鈍い人という可能性もあるが。
そうして熱心に見ていると、彼女の好みも察せるようになる。サンドイッチがお気に入りらしく、具はガッツリしたものを買うことが多い。ハード系のパンだと特に嬉しそうだと気付いてから、五条は切らさないように心掛けている。残念ながら甘いパンはあまり得意でないらしく、店主自慢の数々が選ばれたことはない。
店内を一周した彼女は、真っ直ぐに五条の目の前――もといレジにやって来る。そのピンと伸びた立ち姿に、五条は「今気付きました」という態度を装って居住まいを正した。ちらりと、カウンターに隠した袋の確認も忘れずに。
いかにも試食用ですと言わんばかりの、飾りの無い素っ気ないビニール袋。〝チーズ&ペッパー〟〝マヨ七味〟と簡素なラベルにある通り、二種類のおつまみ系ラスクが詰められている。これなら甘いものが苦手でも美味しく食べてもらえるはずだ。
「これ、新商品なんです。よければご試食ください」
パンを詰めたあとラスクを差し出して、五条はダメ押しに飛びきりの笑顔を向ける。難しい顔をした彼女は、遠慮がちに手を伸ばして袋を受け取った。五条は内心でガッツポーズをする。とりあえず下心はバレなかったようだ。次の会話のきっかけとして、「ご感想いただけると嬉しいです」などと言い添えるのも忘れない。
「……わかりました。ありがとうございます」
珍しく眉尻を下げた困った顔のまま彼女は頷いて、それから付け足すようにお礼を言った。