イン・ザ・ナイトメア 前夜

「オマエ、呪われてるね」
五条は歌うように楽しげに、七海に告げた。告げられた七海は全くもって楽しくなかったし、苛立ちが募るばかりだ。
猫が獲物を甚振るような、あるいは子供が蟻の巣に水を流すような、五条はそんな表情をしている。海のような空のような青い瞳は、三日月の形に撓んでいた。
七海は直近の任務を思い返すが、呪いを受けた記憶はとんとない。そもそも、未だ学生の身で、五条のように突出したところのない七海に与えられる任務の等級など、たかが知れている。
とはいえ、呪いに関して、五条の六眼を疑うほど馬鹿らしいこともない。五条は任務に関わりそうなことでは滅多に嘘をつかないから、尚更だ。
「呪われた記憶はありませんが」
「自覚できるようなものじゃないよ」
鼻歌でも口ずさみそうな上機嫌で、五条は七海に背を向ける。七海はただ、五条の真黒い背中を見つめるだけだ。
「けど、死に至るものでもないから、大丈夫」
「ちょっとしんどいだけだから」と嘯く五条は、七海に顔を見せずに、確実に笑っている。けれど人の不幸を嘲笑うような笑い方ではなかったから、七海は怒るタイミングを見失った。
五条は伸びをするように両腕を大きく広げて、飛び立つ直前の鳥のような格好で立っている。隆起した肩甲骨が、黒いだけの制服の上からでもよく見えた。
そうして伸ばした指先、風にたなびく髪の一筋、はためく服の裾から、燐光が立ち昇る。最初はポツリポツリと、見る見るうちに塊となって光を発し、あとには何も残らなかった。
七海の目の前に立っていたはずの五条の姿は、どこにもない。
動転して引っくり返ってもおかしくない事態の中、けれど七海は狼狽える素振りもない。
これは、夢だ。