一度も成功したことはないが、家入から五条の相談事をリークされているので、諦めるつもりはない。家入曰く、五条はさも愚痴をこぼすかのような言葉を使うが、聞いている側からすれば惚気にしか思えないらしい。
家入は七海を応援しているらしいから身贔屓を引いたとして、それでも脈は皆無ではないだろう。多分。
「オマエさぁ、もうそろそろ諦めたら?」
「アナタが顔も見たくないほどに嫌だと言うなら、今後は業務連絡のみにします」
「そこまで言ってないだろ」
何より、五条が突き放してくれないから、などと七海は心の中で言い訳をする。五条は寂しがりだから、露骨に好意を表す七海相手でも、離れていくのを嫌がっているだけかもしれないが。
懐に入れた人間に対して、五条は甘い。五条のその情の厚さも、七海にとっては好都合だった。
五条のそういった隙に、七海は遠慮なく付け入るつもりだ。悪どいことは自覚しているが、形振り構っていられるほど、七海はまだ達観していない。
「七海さ、しつこいとか言われたことあるでしょ」
「ありませんね。ここまで追い続けているのは五条さんだけなので」
「ハァ〜〜〜、キザ! 七海ってばキザすぎ!」
五条が何を指して「キザ」と騒ぐのかはわからないが、七海の言動が気に障ったというのなら、その通りなのだろう。沈黙は金とばかりに、七海は涼しい顔で聞き流す。
「仕方ないから、一回くらいは付き合ってやるよ」
七海は一瞬、自身の願望が幻聴をもたらしたのかと疑った。
「本当に?」
「こんなことで嘘言ってどうすんだよ」
「それで諦めろ、ということではなく?」
矢継ぎ早に尋ねる七海に対し、五条は耐えきれないというように噴き出した。「必死すぎ」という余計な一言付きで。
笑われたことは不満だが、思い返してみれば、些か必死すぎたと七海は自省する。漸く垂らされた希望の糸なので仕方ない、ということにしておいた。
「明日、僕は昼までだから、夕飯なら付き合ってもいいよ」
「どんな店がいいですか?」
「何でもいいけど、デザートが美味しいトコが良いかな。あと、かぼちゃならパイよりプリンが好き」
和洋中の指定はなし、デザートが美味しい店、かぼちゃプリンがあるところ。七海は即座に脳内にメモをする。
好き、という単語に反応した雑念は気力で振り払った。
「わかりました。明日の昼までに連絡します」
「ん、よろしく。じゃーね、また明日」
「はい、また明日」
七海は、心持ち高揚した気分で、遠ざかる五条の背中を見つめた。
翌日、渋谷に帳が下りた。