千春の勤めている高校には、二つの意味で観賞用と名高い同僚がいた。そんな彼の名前は五条悟という。
放課後の職員室、雑談を楽しむ声を背景にして、千春は隣の五条を横目に見る。数学準備室に引き篭もってばかりの彼が職員室にいるのは珍しい。これは直近の疑惑を深堀りするチャンスかもしれない。
五条が観賞用とされる理由の一つ目は、とにかくイケメンだからだ。彼を見た十人のうち百人はその容姿の輝かしさに目が眩むだろうし、道を歩けば三歩おきに何かしらの声が掛かる。美の女神でも首ったけになるイケメンぶりで、きっと彼は、神様が手間隙かけて丹精こめて作った一点ものなのだろう。
これで性格も良かったら何某かの宗教団体が出来上がったかもしれないが、そこは普通だ。どちらかと言えば悪い寄りだ。生徒想いではあるがノリは軽いし、良くも悪くもいい加減。権力や地位に楯突くことも恐れず、見栄だけで息をする老人からは嫌われやすいタイプともいえる。
しかし観賞用の理由の二つ目は、そこではない。彼の左手薬指にある。転属当初から鎮座する銀色の輪っかが、五条を観賞用たらしめる最大の理由だった。
その指輪の送り主について、どれだけ尋ねられても、五条は必ずはぐらかす。誤魔化す。煙に巻く。そのため、どうせ虫避けのニセモノだろうと噂されていた指輪だが、最近になって変化が生じた。シンプルなデザインだからよくよく観察しないとわからないが、今までの指輪と違うものになったのだ。
千春は再び五条の様子を窺う。デスクの上に広げているのは生徒の課題だが、彼の視線はその左手薬指に向けられていた。差し迫った業務はないようだ。よしと自分を鼓舞して、千春は五条に声を掛ける。
「その指輪、ちょっと変わりました?」
瞬間、職員室中の女性教諭の意識が、千春に向いた気がした。男性教諭の半数以上の視線も感じる。恋愛対象か否かに関わらず、イケメンの恋というものは気になってしまうものなのだろう。
「あー……そうなんです。やっぱりわかりますよね」
困ったように笑いながら、五条は千春に向けた視線を指輪に落とした。そっと触れる指先は優しさに溢れている。
「……実は恋人からのプレゼントなんです」
「えっ」
千春の声は職員室内の動揺を代弁していた。はぐらかすばかりだったあの五条が、恋人と明言したのだ。
「どうしても贈りたい、贈ったものをつけてほしいって言われて、断れなくて」
「可愛いところあるんですよ」と笑うその表情は、生徒にも同僚にも満遍なく配られる、無料の営業用スマイルとまるで違う。幸せで仕方ないという気持ちが滲むどころか滴っている笑い方だ。それは、ただの同僚でしかない自分が見ても良いものかと、千春が悩むほどの。
千春には現在、恋人はいない。有り体にいえば五条は好みのタイプだが、彼の恋人になりたいとは思っていない、つもりだった。だからこんな、藪蛇にしかならないような質問も出来たのだ。けれどもしかしたら本心は違ったのかもしれない。
兎にも角にも、近日中に、女性教諭のほぼ全てが集う飲み会が開催されることだろう。それに参加することを、千春は心に誓った。