短編 個人的見解

世間一般的には。
自販機を見下ろす長身と、それに見合った筋肉をまとった成人男性を〝カワイイ〟とは称さない。目が眩むほどかわいい顔をしていても、一般的に、〝カワイイ〟と囃されるものではない。〝カッコいい〟なら浴びるように言われるだろうけど。
だから七海は、五条悟コイビトをかわいいと思ってしまうのは自分の欲目によるものだと理解している。蓼食う虫などと言ったのは家入だったかもしれない。
そんなことをつらつらと、口に出さないよう細心の注意を払いながら考えていたのは、隣に座ってかわいこぶる恋人のせいだった。普段は高い位置にある頭を七海の太腿に乗せて、上目遣いで眉を下げて、あざといを体現したポーズでお願いをしてくる五条のせいだ。アイマスクを下げてきらきらくりくりとした目を見せているのが殊更良い。ちなみにお願いの内容は、可愛らしいものと可愛らしくないものが一つずつ。フゥーと、七海は仕切り直しに長めの溜息を吐く。
七海は、五条のぶりっ子が嫌いなわけではない。そもそも七海は五条をかわいいと思っているし、そのかわいい五条がかわいこぶっている姿はさらにかわいい。しかも七海に向けて。自明の理だ。思考の合間に、また七海はグラスを傾ける。中身は手頃な値段のウイスキーで、呑みたい気分のときに重宝している一本だ。そう、七海は呑みたい気分だったのだ。
五条が訪ねてくる日、七海は酒を呑まないようにしている。呑むとしても、ビール一缶だとかで軽く済ませるようにしていた。下戸の恋人に、自分の酒臭さを理由に断られないために。けれど今日は予告も連絡もない突然の来訪だったのだ。
五条は遠方の任務があって、あと二日は掛かる予定だった。終わってからも不在中の残務処理が待っている。だから、恋人の顔も見られない寂しさを紛らわせるために、七海はしこたま酒を呑むつもりだった。
顔を見られたのは嬉しい。けれど七海の飲酒量のお陰で、恋人としての触れ合いは望めそうにない。きっとキスも難しい。七海は人生で初めて、アルコールに耐性のある自身の体質を恨めしく思った。五条と同じく下戸であったなら、酒も嗜まずに夜更かしをして、アポ無しで突撃してきた恋人と一つベッドの上にいられたことだろう。
「……任務の件は承知しました。確認しておきたいので、できるだけ早く資料を回してください」
「オーケーオーケー、伊地知にやらせる」
「……あまり彼に無理を」
「で、もう一個のほうは?」
苦言を遮って滑り込んだ催促は、催促それのためだけではないことを七海は察している。期待のこめられた五条の視線を一身に受ければ、どんなに鈍くとも理解してしまう。だからこそ生殺しになるのだ。
「仕事の話は終わったんだから、ここからは恋人の時間だろ?」
伸び上がるように五条が上体を起こし、二人の距離はさらに縮まった。五条は相変わらずかわいこぶった顔で、けれど目の奥で主張する欲のお陰で、受ける印象は様変わりする。端的に言ってエロい。
七海は一も二も無く頷きそうになるのをグッと堪えた。チラリと手にしたままのグラスに視線をやれば、五条も七海の言いたいことに気付いてくれたようだ。
「なに、勃たないって?」
「…………いえ、今日は量を飲んだので、アナタには酒臭いんじゃないですか」
「なんだ、そんなこと? そのくらい」
「自分のアルコール耐性を過信しないでください」
「……過信なんて、僕にそんなこと言うのオマエくらいだよ」
唇を尖らせて不機嫌を装おうとしているが、七海に通じるはずもない。五条は照れているだけだ。何がツボにはまったかは知らないが。
「それに疲れが溜まっているでしょう」
七海は晒された五条の目元をなぞる。アイマスクを外してからずっと、薄っすらと存在を主張するクマが気になっていた。任務を巻きに巻いた結果が現れている。
「……何でわかんだよ」
ぶっきらぼうな五条の声には、不調を見破られたことによる居心地の悪さが滲んでいた。七海が事あるごとに五条自身・・・・を大切にしてほしいと伝えていた成果だろう。そんなささやかな変化に、ほんの少し、七海は優越感を覚えてしまう。それを表に出すと、七海の恋人はますますヘソを曲げてしまうが。
だから七海は普段通り、けれどいつもの素っ気なさを抑えて口角を上げてみせる。
「アナタの恋人だからでしょうね」