気持ち良さそうに寝息を立てる七海は、満場一致によって五条に押し付けられた。心此処にあらずの五条は置き去りの多数決だったから、正しくは満場一致マイナスイチだが。伊地知と夜蛾を丸め込んだ夏油の手腕は、流石の元教祖といったところだろうか。決して褒めてはいない。
こんな流れで二人きりにするなんて。五条が抗議しようとした頃には、七海ともどもタクシーに押し込まれていた。七海の突然の告白に驚いていたとはいえ、こんなにも後手に回るとは。前は〝最強〟を謳っていたのに不覚だ。
起きる気配のない七海を横目で窺いながら、五条は自宅の住所を告げる。叩き起こすのも難しそうな熟睡状態だから、五条の家に連れ帰るという次善策しか取れない。その判断に下心なんてないと誰にともなく言い訳しながら、五条は体を伸ばして七海の分のシートベルトを締める。運転手は泥酔している七海をミラー越しに一瞥してから、ごく滑らかに発進させた。
エレベーターの恩恵を実感しながら自宅に帰り着き、未だ夢の中の七海をリビングのソファに放り出す。ただのサラリーマンにしては分厚い体は、肩を貸すだけでも、まるで岩を背負っているかのような重さだった。
明日は筋肉痛かもしれないと溜息をつきながら、五条は七海の肩を揺する。唸りながら顔を背ける七海に、今度は肩を強めに叩きながら声を掛けた。
「七海、オイ、起きろって」
「……ごじょうさん……?」
重たげに瞼を押し上げた七海は、半身はまだ夢の中に浸かっているようだ。しかし瞬きするたびに覚醒が進む七海を見て、こんなにすぐ起きるなら連れ帰る必要はなかったかと、五条は再び溜息をついた。ついでに、七海の肝臓の強さにもちょっと引いた。
ゆっくりと起き上がった七海は、その姿勢のまま、顔の横で腕組みして仁王立ちする五条を見上げる。その顔には、「ここは何処だ」という当然の疑問と、「もしかしてここは……」という期待ともつかない予想が混じり合っていた。マーブル模様だ。状況把握と感情が追いついてなさそうな表情に、五条はフンと鼻を鳴らす。
「ここは僕の家」
「あぁ、はい……」
「覚えてないかもしれないけど。オマエ、急に寝ちゃって、でも体調悪そうじゃなかったから、僕が連れ帰った」
「はい」
「というよりも、押し付けられた」
「それは……すみません。ご迷惑をお掛けして……」
滅多にない失態を突き付けられて完全に覚醒したらしい七海は、しょんぼりという言葉を体現するように縮こまっていた。スススと長い脚を折りたたんで、ソファの上で正座までしている。
その情けない姿に留飲を下げた五条は、ソファの背を回って七海の隣に腰掛ける。七海は正座を崩さないまま、肘掛けに背中がつく位置まで後退った。距離を取られたことに不満を表すために五条が近寄れば、七海はその分顔を遠ざける。堂々巡りだ。
唐突な告白からはまだ一時間と経っていないのに、七海の態度はどうもつれない。埒が明かない。一息ついて立て直した五条は、「で」と七海の顔を覗き込む。
「僕のこと好きって、どういう意味で?」
「……どう、とは」
「セックスしたいの?」
途端、七海は呼吸に失敗したように咳き込んだ。ゴホゴホと止まない咳に少しの罪悪感を覚えて、五条はそっと七海の背を擦る。目尻に滲む涙を拭って咳払いを一つした七海は、しかし尚も視線を泳がせて口は薄く開いたままだ。
「自分で言うのもアレだけど、僕って性格良いってよりはイイ性格してるほうでしょ」
「ええ、はい」
「即答すんなよ。で、まー僕の顔に一目惚れしても、僕の性格知って離れてく奴のが多いんだよね」
「まぁ、そうでしょうね」
「オマエ、ホントに僕のこと好きなの?」
あんまりな言い様に思わず聞き返すと、七海は両手で顔を覆って俯いた。失礼な奴だという当たり前の感想は、ひとまず心の中に収めておく。
「アナタの性格は重々承知の上で、好きなんです、何故か」
重ねて失礼なことを言われた気がする。が、「恋愛的な意味で」と小さく付け加えられたことで、些細な不満はあっという間に消し飛んだ。ニヤニヤと口角が上がるのを抑えられない。絶対に脈がないと思っていた恋だから、喜びも一入だ。けれどそんな五条の変化に、壁を作るように顔を覆う七海は気付いてないらしい。
すぐさま想いを伝えて喜びあいたい気持ちと、はたまた焦らしてやりたい意地悪な気持ちが、五条の中に同居する。ニンマリと笑い出しそうな口を押し留めながら、平静を装った声を出す。
「僕も前から好きだったて言ったら、信じる?」
真ん丸に見開いた七海の目の中、堪えきれずに満面の笑みとなった自分の顔を、五条は見た。