水は見えず

「オマエさ、俺のこと好きだろ」
「は?」
明日の天気を尋ねるような、世間話でもしているような、平然とした声色だった。そんな、五条の感情の読めない声と表情に、七海の心は一層と掻き乱される。彼が何を考えてそんな発言をするに至ったのか、七海には想像もできない。
「そんなこと、ない、です」
動揺を押し殺そうとして失敗して、七海の返答は随分とぎこちないものとなった。五条のまあるくキョトンと開いた目が、サングラスのフチから覗く。
「嘘だろ」
「……嘘じゃないです」
嘘吐き呼ばわりをされて、七海の眉間にシワが寄った。デコボコになったその眉間を均すように、五条は人差し指を伸ばしてギュウギュウと押してくる。それでも伸びない頑固な眉間のシワに、何故だか、五条の機嫌も下降の一途を辿る。
「大体、好かれるようなことした覚え、あるんですか」
いい加減に鬱陶しくなった五条の右手を、七海は力を込めて払い除ける。宙ぶらりんな右手を眺める五条が何を思ったのか、七海にはわからない。
そうして、五条の不機嫌さを表すようにへの字に曲がった口が、薄く開く。逡巡するように、震えているかのように、五条は口を小さく控えめに開閉させた。
「…………ないけど」
見開いていた目を細めて、舌先で唇を湿らせる。
「でもオマエ、あんな顔しといて好きじゃないとか、嘘だろ」
最後の呟きは、迷子の子どものような、途方に暮れたような声色に感じられた。そう感じてしまったことに、七海も途方に暮れてしまった。キュッと引き結ばれた五条の唇は開きそうになくて、二人の間には重い沈黙が漂った。