頭上から花が降る ②

獄門疆の中にいる間、五条は暇を持て余していた。何もなく何もできない空間で、仕方なく、ひたすらに延々と考え事をしていた。現実逃避ともいうかもしれない。
外がどうなっているかなんて、考えても詮無いことの代表例だ。手出しできないことを考え続けるのは性に合わないから、早々に外の現状に思考を巡らせることはやめた。
もっと楽しいことに脳の容量を使いたい。そう思ってから、七海のことばかり考えてしまったのはご愛嬌だ。表には出ていないかもしれないが、五条は最初で最後の恋人に浮かれていた。
早く逢いたいなあと、五条の心にはそればかりが積もっていく。

外に出たら、世界は思っていたよりは変わっていなかった。
相変わらず呪霊は存在しているし、それらを祓除する呪術師もいる。そういった仕組みに変化がなければ、日本の首都の壊滅なんて、五条にとっては大した事でもない。不便は強いられるが。
それからは以前と変わらない暮らしだ。祓って祓って祓う、実に呪術師らしいものだった。ただその合間、以前はあった癒やしのひと時が無くなってしまっただけだ。
心から残念に思っても、五条の足は止まらない。止まってはいられない。

忙しい。忙しすぎて、昔のことを思い返すことも減っていた。
人は最初に声から忘れると言う。今、五条が思い返すのは、正しく彼の声なのだろうか。

随分と長い時間が経った。昔はショートスリーパーだった五条も、近頃は眠ってばかりになったほどだ。
遠く、記憶にあるものと寸分違わぬ人影を見つけた。何を思うよりも早く、口はその名前を叫ぶ。振り返った人の顔は距離がありすぎて判別もできない。それでも五条は確信していた。
全力疾走で近寄って、勢いを殺さずに抱きついて、懐かしい匂いを胸一杯に吸い込んで。見下ろした顔はクシャリと崩れた満面の笑みで、つられて、五条も声を上げて笑った。