たしーんたしーんと、何かを打ち付ける音が絶え間なく響く。その回数が両手の指よりも多くなったあたりで、流石に煩わしさを感じた草太は、眉間にシワを寄せた。
その変化を見て取ったのか、急かすように、音の間隔は短くなっていく。喧しい。反響するような音に耐えきれなくなって、随分と重く感じる瞼をゆっくりと持ち上げた。
「ダイジン……?」
草太の目の前にいたのは、今は要石として務めを果たしているはずの白猫だった。その斜め後ろには、対となる黒猫がお目付け役のように控えている。不本意極まりないと表情で語るその白猫は、もう一度、ふかふかの尻尾を打ち鳴らす。
――途端に、草太の体に圧力がかかった。
頭の天辺から爪先まで、大きな流れに乗って引っ張り上げられているようだ。けれど反対に、腕も足も投げ出さざるを得ないほどの重力が、全身に圧し掛かっているいるようだった。押し潰されるんだか引き裂かれるんだかもわからない感覚に、草太は思わず強く目を瞑る。
次に目を開いたとき、彼らの姿はなかった。草太が座り込むのは舗装もされていない、辛うじて草の途切れた獣道の真ん中だった。頭上に生い茂る木々の間からは、雲一つない青空が覗いている。
現在地は山奥、無事に後ろ戸を閉じた草太は、下山中にうっかりと足を滑らしたのだ。思い出して、自身の不注意を猛省した。咄嗟に頭を庇ったのか、腕は見事に泥にまみれている。今は見えないが、きっと背中も似たような惨状となっているだろう。
フゥと溜息を一つ吐いて、草太は立ち上がる。軽く服を叩いて土を払った気になって、下山を再開した。正しくは再開しようとした。足を一歩踏み出すと同時に鳴り出したスマートフォンに、草太の意識は吸い寄せられる。
「……鈴芽さん?」
『あ……草太さん、今って大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ」
聞こえてくる声は予想通りの相手のもので、ビデオ通話でもないのに、草太は自身の現状が気になってしまった。鈴芽の返事を待ちながら、乱れた前髪を指先で直す。
『あの……怪我、してないですか?』
「怪我? ……してないけど、何かあった?」
『……さっき、ダイジンに呼ばれた気がしたんです。それで、何だか嫌な予感がしちゃって……』
「ダイジンが……」
草太の目の前に現れたダイジンは、その様々に混ざり合った心情を、余すことなく表情で伝えてきていた。無理に一言に纏めるとしたら、「しっかりしろ!」だろうか。
『あ、あの、私の気のせいだと思います……』
「いや、そうとも言い切れないかな。ちょうど、俺のところにもダイジンが来たから」
『えっ!?』
電話口の向こう側で、目も口も大きく丸く開く鈴芽が容易に想像できて、草太は小さく噴き出した。耳聡く聞きつけてご機嫌斜めになった鈴芽を宥めながら、草太は今し方の白昼夢を語った。
余談だが、足を滑らしたことを伝えなかったこともバレて、鈴芽の機嫌はますます傾いてしまったという。