神尾の次女の娘で、祖母の家との間には高校があり、少し離れた位置にある。従兄弟の君塚の家は祖母の家に近いので、こちらも少し離れている。
苑田の通う高校は勉学と部活動の両立を目指していて、三年生になれば部活動への参加はほぼ出来ない。苑田は今年二年生に進級したので、大会への参加などもこれで最後となる。
悔いの残らないようにと意気込めば、その分だけ練習に熱が入り、居残りも増えてしまう。顧問に注意されながら、それでも苑田は居残りの時間をじりじりと長引かせていった。そのことを、苑田は後悔することになる。
苑田の自宅と高校の間には公園がある。遊具がいくつかとベンチの置いてある何てことない公園だが、今は苑田の通う高校で、少し有名になっている。高校で話題の不審者が出るとされるのが、この公園なので。
苑田の通学路には、公園も通らず大通りだけで往復できるルートと、閑静な住宅街と公園を突っ切るルートがある。前者は安全だが大回りで、後者は早く着くが人通りの少ない道が多い。
今日は特に遅くなってしまったため、公園を通るルートにした。一瞬、不審者の噂が頭をよぎったが、苑田は心霊現象の類いをあまり信じていなかった。
足早に住宅街を抜けて、件の公園に脚を踏み入れる。
——空気が変わった。
じっとりと、熱帯夜のように湿気を帯びた空気が体にのし掛かってくるようだった。泥濘に腰まで浸かったように、あるいは水のなかを歩くように、足が思うように動かない。いや、恐怖で足が竦んだのかもしれない。
公園の中央、街灯の光も届かない暗がりで、ナニかが膨らんでいる。何もなかったはずのその空間を、急速にナニかが占有していっている。
日常から外れたその光景に、苑田は声もあげられなかった。
ゆうるりと、ナニかは振り向いたのだろう。苑田には何も見えなかったが、命の危機が近づいたということだけは肌で感じられた。
「えい」
軽い声だった。ふわりと浮き上がるように軽くて、なのに揺らぎない力強さの感じられる声だ。
迫ってきていたナニかは巻き戻しのように縮んで、多分消えたのだろう。重苦しかった空気が元に戻り、苑田は呼吸を忘れていたことを思い出した。冷や汗がドッと出る。声のした方を振り向くと、女性が立っていた。光源の少ないなかでもキラキラと輝く銀髪と、闇に溶け込むような黒い服。その格好だけ見れば、この女性こそ不審者だと通報されるかもしれない。
けれど苑田を助けてくれたのはこの女性だ。助けてもらったことを思い出すと、ナニかに命を脅かされていたことも蘇り、呼吸が浅くなった。
感謝の言葉を伝える間もなく、苑田は意識を手放した。