管理人の話

七海が引っ越していった。
入居期間は半年ほど。件の部屋の住人としては長い方だが、一般的に見れば短いスパンでの転勤になるだろう。
大変な職場なのね、と他人事でしかない感想を抱きつつ、朝の日課の掃除を済ます。退去の日、入居の日と同じく大きなスーツケースと紙袋を片手に神尾のもとを訪れた七海は、これまた入居の日と同じく神尾に手土産を渡した。季節限定と銘打たれた中身の違いに、季節の移り変わりをしみじみと感じた。
そういえば、と神尾はアパートを見上げる。
二日に一回は見かけていた五条の姿を、ここ一週間ほど見ていない。朝の時間は誰も彼も忙しくて、立ち止まって世間話に付き合ってくれる相手は少なかった。
一週間前といえば、ちょうど七海が転居したのがそのくらいだろうか。
と、そこまで考えると、今までは不思議に思わなかったことが途端に気になり始める。五条がゴミ出しをした日には、七海はゴミ出しをしていなかったなだとか。五条がよく買っていたパン屋は、七海も常連になっていたなとか。そもそも、七海の入居あたりから五条を見るようになったなだとか。
七海と五条の二人が並ぶ姿を想像すると、何の変哲もない住宅街の路上も、ランウェイのように華やかな空間に見えるような気がして。何より、見目麗しい二人が仲睦まじく歩く姿を見てみたかったわと、神尾は少し残念に思った。