五条の話

やっぱり嫌がらせだった。
いや、それは結果論だ。五条も理性では解っている。
想定していたより呪詛師の逃亡が早くて、危惧していたより呪霊の等級が低かっただけなら、それは何よりだ。
実際、呪霊は雑魚だった。五条も七海も巻き込まれた非術師の安全第一で術式を使ったが、本当なら呪力を込めたグーパン一発で沈められるほどだった。
けれども長期の調査任務中の地域で呪霊を祓除したなら、報告書をあげなければならない。面倒な仕事を終えた五条は、やっと七海も帰ってきた同棲中の自宅に帰りついた。「ただいま」と声をあげたら「お帰りなさい」と返ってくるだけで、緊張が緩んで嬉しさが込み上げる。
任務中は、基本的に七海の方が早く帰宅していた。だから帰宅の挨拶は、何なら任務中の方が多く出来ていたけれど、任務中の仮住まいと同棲中の自宅では安心感が違う。キッチンにこっそりと、気配は消さないで入れば、料理の手を止めた七海が振り返ってハグをする。
任務に入る前は七海が甘えたから、任務が明けた今は五条が甘える番だった。
七海の手料理を食べて、やっぱり一緒にお風呂に入って、五条はソファで七海に膝枕をしてもらっていた。
膝枕はするのもされるのも好きな五条だが、今日はベタベタに甘やかしてもらうために膝枕を堪能するのだ。ねだって膝枕をしてもらうときはすぐに読書を始めてしまう七海も、今日ばかりは五条を見つめて話を聞く体勢になっている。何せ五条はとても勤勉に働いたので。
考えなくとも分かることだが、一級術師の抜けた穴は大きい。
もちろんその穴を埋められるように任務は組まれていたが、呪霊も呪詛師も、こちらの事情を汲んではくれない。むしろ知られれば穴を狙って動かれるだろう。
穴埋めに駆り出された術師のなかでも、五条は一番頻度が高かったのだろう。伊地知などは分かりやすく顔色を悪くしていた。
出来ることなら毎日七海のいる家に通いたかったが、あんまりにも遅くなったり疲れきった顔をしていたりすると、七海が心配するから。
だからいけない日が時々あって、それでも五条の来訪頻度は高かったが、七海も苦言を呈すことはなかった。七海も一緒にいたかったのだと五条は確信している。
愛し合う婚約者たちを引き離すなんて、腐ったミカンは本当に野暮なことをするものだ。だけどこの嫌がらせとしか思えない長期任務に、夜蛾はいたく同情してくれたらしい。
明日と、運が良ければ明後日までオフになった。伊地知あたりから聞いたのだろう七海も、全力で五条を甘やかしてくれるつもりらしい。
随分と短いけれども一足早くきた蜜月を思えば、五条は仕事の疲れなど吹き飛ぶ気がするのだった。