七海の話

嫌がらせだと思った。
渡された任務資料を見て、こんなにも露骨なことをよくやるなと、七海はいっそ感心してしまった。
関東郊外で呪詛師のものと思われるボヤ騒ぎがあった。該当地域には未だ呪詛師が潜伏中かもしれないし、ボヤ騒ぎのせいで近隣の呪霊の動きも活発化しそうだという。その件の調査。および敵対勢力や呪霊と会敵した際の、祓除または捕縛。
任務内容は理解できた。呪詛師や呪霊の等級が分からない以上、単独任務とするなら等級の高い術師を宛がいたいという理由も、納得できる。呪術界は万年人手不足だから、適材適所なんて贅沢は言えないことも承知している。
しかしこの任務には七海以上の適任者はいくらでもいるだろうと、声を大にして言いたい。
七海は婚約中の身であり、婚約者と同棲している。
長期で調査主体の任務となると、任務地の近くに居を構えた方が効率が良い。つまり単身赴任だ。さすがに単身赴任に文句をいっているわけではない、不満ではあるが。なら何が問題か。
七海の婚約者が、五条であることだ。
現代最強術師と噂される五条は、呪術界では知らぬ者はいないだろう有名人だ。知能があれば呪霊でもその存在を知っているだろう、と言われるほど名を馳せている人物だ。その婚約者ということで、七海は不本意ながらちょっとした有名人となっている。元々、一級術師として多少は名を知られていたが、今やその比ではない。
そんな七海に、呪詛師が関わっているだろう調査任務をさせるなど、嫌がらせだと思っても仕方ないだろう。
心から思ったが、七海は言わなかった。
任務を持ってきた夜蛾は遺憾だと顔で表していたし、一級術師を宛がいたいというのも嘘ではないだろう。顔には不満だと書いていたかもしれないが、口には出さなかった。
その代わり、五条に甘えた。
五条の出迎えには玄関先での熱烈なハグで返し、それ以降はずっと五条に引っ付いていた。ソファで寛いでいる間はもちろん、料理中も、何なら入浴も一緒に済ませた。そして風呂上がりのゆったりとした空気が流れるなか、七海は五条の膝枕を堪能していた。
普段は傍若無人が人の形をしているような五条だが、人の心情を読むのはうまい。読んだ心情を慮るかどうかはその時の気分次第だが、恋人である七海に対しては気分がノることの方が多いようだ。特権だ。
七海に下された任務に関して、どこから聞き付けたかは分からないが五条はすでに知っていて、だから七海は遠慮なく愚痴った。五条も同じ気持ちなのか、七海の髪を梳くように撫でる手は殊更優しい。
高専教員も勤める五条には一緒に来てほしいと言えないことが、七海としては寂しかった。だけど「出来るだけ七海のとこに帰るから」と言質をもらった七海は、翌日顔を合わせた夜蛾が余計な心配だったと呆れるくらいには、元気に任務へと向かった。