呪術規定違反による処罰の決まった者が身を置くその部屋は、高専の敷地内にあるらしい。噂に聞くのみだった七海は、室内に一歩足を踏み入れた瞬間から、その尋常でない雰囲気に気圧されそうになっていた。
そうして、その部屋をより一層物々しくしているのは、中央に鎮座する木製の椅子、に腰掛ける五条の存在だ。薄闇に浮き上がるその姿は、悪鬼か荒神か、ナニカの化身のようにも見える。
呼吸もままならなくなるほど、空気が重かった。肩から足から、まるで水底に沈められているかのようで、何かが纏わりつくようにして少しも動かせない。口を開いた途端、喉までカラカラに干涸らびて、声を発することも難しかった。
それら全てが、七海の緊張を表している。
「オマエには関係ない」
足を投げ出して行儀悪く椅子に座る五条の視線は、七海に向かない。緩く組んだ五条自身の手を見ているようで、おそらくそこにも焦点は合っていない。ただ虚空を眺めている。
「オマエが何を言って何をしたのか知らないけど、俺は俺自身の考えに従った。それだけだ」
それだけ言って、五条はキツく目を瞑る。明かりの乏しい中でも、生え揃った睫毛は光を反射して輝くようだった。
力を入れ過ぎて目頭から眉間までシワが寄っても、五条の整った顔立ちは崩れない。七海は場違いにも、そんなことに感心してしまった。
「それでも、私は知りたいです」
知らなければ何もできない。知ったとて、何ができる確証もない。けれど知らなければ、確実に、何もできない。
「オマエは勘違いしてんだよ」
ツ、と五条が顔を上げた。七海と五条の視線が交わる。
「面会できたから、俺が助けてほしがってると思ったのかもしれないけど」
言葉を切った五条は、口角を上げて笑顔を形作る。けれど目は笑っていなくて、むしろ泣きそうにさえ見える、歪な表情だった。
「俺はオマエに救われたいと思ってない」
五条は静かに呟いて、両手で顔を覆って俯いた。こうなると、七海は五条の表情さえわからなくなる。
「オマエは術師にならないんだろ?」
「……はい」
七海は高専卒業後、大学に編入する予定だ。特に隠していたわけでもないが、今この場で言われると、まるで罪を突きつけられたような気になってしまう。
「なら、全部忘れちまえ。こんな地獄は覚えておく必要もない」
それでは、五条はどうなるというのだろう。本人さえ、「地獄」と称する呪術界から逃れようのない、五条は。
五条がどんな表情をしているか、相変わらず七海にはわからない。それは、七海の表情も五条にはわからないということだから、七海は少しだけホッとした。おそらく酷い表情をしているだろうという自覚はあった。
「オマエは、こんなもの背負わなくていいんだよ」
締め出された。
急速に、実際にはそんなこと起きてもいないのに、五条との距離が開いた気がした。七海には五条が遠ざかったように、あるいは七海自身が五条に弾かれたように感じた。五条の術式を真正面から浴びたようだった。
今まで身動ぎさえ出来なかった七海の足が、持ち主の意志に反して動き出した。
体ごと振り返って五条に背中を見せて、来た道を引き返す。その途中、扉を潜るかどうかというときに聞こえた五条の声が、耳に焼き付いて離れなかった。
「これは、夢だから」
暗転。