白昼夢を見ていたようだ。それにしてはひどい悪夢だったけれど。
七海は眼前に立つ人物を見つめる。辺り一面見える範囲、帳に黒黒と覆われて、今が夜か昼かもわからない。
その中で、五条の白い髪はよく目立つ。
五条は腕を緩く腰に添えて、その立ち姿からはリラックスしていることが見て取れる。対する七海はひどく緊張していて、全身に、じっとりと冷や汗をかいている。手汗で呪具も滑りそうなほどだ。
五条が何を犯したのかは知らない。七海は知らされていない。
何らかの任務の折に呪術規定違反を起こし、それにより死刑が確定した。七海の知る情報はそれだけだ。
七海に下された任務は五条の捕縛、抵抗された場合はその場での死刑も已む無しという、内容としてはわかり易いものだ。けれど誰も、任務を下した上層部も、そうして七海自身も、この任務を遂行できるとは思っていない。力量の差は歴然としている。
それでも七海に下されたというのが、呪術界が腐りきっている証左だ。気心知れている後輩を相手にして僅かでも隙が生まれないか、あるいは、その後輩を手に掛けることで動揺しまいか。そんなところだ。
想像するだに腹立たしい。おそらく間違っていない推測だろうというのが、腹立ちを助長させる。
反抗の意志を示すことなく、七海は任務を受けた。何を思って何をしたのか、五条に直接聞く以外に、全てを知る方法はないだろうと思ったので。
「五条さん」
「なーに?」
五条は七海に背を向けている。それでも七海が声を掛けても驚く様子はなく、七海の到着から何から筒抜けだったということだろう。
五条の声は楽しげに弾んでいるようにも、反対に、空虚でカサついているようにも聞こえる。今の五条が何を考えているか、全く読み取れない声だった。
「アナタは、何をしたんですか」
「それ、答えなきゃダメ? オマエに関係ある?」
煽るように言って、五条は体ごとゆっくりと振り返る。声色に反して、小首を傾げるように、キョトンとした表情をしていた。心底から不思議がっているように見えた。
「別に知らなくて良くない? 呪術規定に反した呪術師を処罰する、オマエにとってはそれだけだろ」
「アナタの口から、直接、聞きたいんです」
呆れたように投げ遣りな態度の五条に向けて、七海は言い聞かせるような強い語調で返した。七海の言葉に、五条は目を瞬く。
そうして、体を前のめりに倒すように折り曲げて、笑いだした。
七海は挑発されている気分になったが、この程度の、五条の不遜な態度には慣れている。溜息は出たが。
「オマエはそういう奴だよね」
「……褒められている気はしませんね」
「いやいや、褒めてるって」
五条は目尻に指を当てて、涙を拭う仕草さえ披露する。
馬鹿にされている。本人がどういうつもりかは知らないが、七海は確信した。
「でもね、僕まで背負う必要はないんだよ」
五条は右手を挙げた。その手は人差し指と中指が真っ直ぐ伸び、薬指と小指が握り込まれ、残りの親指は立てられている。有名なハンドサインだ。
七海の背中に冷たいものが走る。五条の右手は顔の横まで掲げられ、銃口はその蟀谷にピタリと当てられていた。
「これは、夢だから」
暗転。