五条のマジデコピンを甘んじて受けても、覚醒できなかったらしい。ただ痛かっただけだ。
どこまでも続く白い空間には地平線も水平線もなく、ともすれば足元と頭上の境目も曖昧になる。夢を見続けていることは間違いないが、ならばどうすればここから抜け出せるというのか。
「なーなーみっ」
ドンと、けして軽くない衝撃とともに、軽快で耳に馴染んだ声がする。振り返らずとも、その声が誰のものか、七海にはわかっていた。
「アナタもいたんですね」
「いちゃ悪いみたいに言うんじゃねーよ」
「カワイクないコーハイだな」と嘯く姿は、五条にしか見えない。けれど、七海は間違えなかった。
「私はとっとと目を覚まさないといけないので、とりあえず退いてくれませんか」
「七海ってばせっかちなんだから。もうちょっとお話ししても良いんじゃない?」
バチンとウィンクを投げてくる五条に、目眩を感じた気がして七海は目頭に手を伸ばす。しかしそこに慣れたブリッジの感触はない。
そういえば、何故だか今の格好は高専時代のものだった。そのことを思い出したからか、急に、顔にかかる前髪が鬱陶しく思えてくる。
「話すなら相手は五条さんが良いので」
「なら目の前にいるでしょ」
あくまで五条本人だという体で押し通すらしい。埒が明かない。覚悟を決めて、七海は拳を握り込む。
使い慣れた呪具はない。素手で殴るときには使うネクタイも、手元にはない。今の七海は正に身一つの状況だ。
おそらく、目の前の五条を自称するナニカを祓わなければ、ここから抜け出すことはできない。ならばどれだけ不利な状況でも、退くわけにはいかない。負けるなんて以ての外だ。
「アナタがナニカは知りませんが、五条さんでないのはわかっていますから」
「ナニカもわからないのに断言すんのかよ。ホントは五条さんかもよ?」
七海は目の前のナニカを、視線で測っていく。
相手の立ち姿からは警戒し緊張している様子はなさそうで、本物の五条なら、それでも七海を容易く返り討ちにするのだろう。が、今の相手は七海の想像し得る五条もどきである。勝てないこともないはずだ。
十劃呪法を使うにしても、元からの急所を狙うほうが効率はいい。慎重に見定めて、且つ阻まれにくそうな箇所を探し出す。
見つけた。狙いを定めて、拳を振りかぶる。
黒い閃光が、白い空間に焼き付いた。