鞄の持ち手を握り込んで強張っていた右手を、恐る恐る開く。手のひらには布目がついているだけで、鈴が握り込まれているなんてことはない。やっぱり白昼夢だったのだろうか。
晃生は手のひらに落とした視線を上げ、目の前に続く道の先を見晴るかすように目を細めた。当然ながら電話ボックスは見えない。しかしそれに不満を感じることもない。晃生の中で、電話ボックスへの興味、あるいは未練といったものがすっかりと消えていたからだ。今となっては、何故あんなにも電話を使わなければいけないと思っていたのか、晃生は自分のことなのに不思議に思ってしまう。
何だか肩が軽かったし、頭もスッキリとしていた。兄を亡くしてからこちら、張り詰めていた緊張の糸のようなものが、今は緩んだ気がする。
決意を鈍らせないようにウンと大きく頷いて、晃生は道の先に背中を向ける。助手の言葉に従うわけではないが、取り敢えず、父と母と話してみようと思ったのだ。