短編 イチゴ

イチゴだ。
七海の自宅のダイニングテーブル、の上に、木箱に入ったイチゴが鎮座している。明らかに高級品だとわかる粒揃いのイチゴは、照明をスポットライトのように受けてツヤツヤと輝いていた。眩しい。
時間外労働を経て帰り着いた七海は、くたくただった。たっぷりと湯を張った浴槽で長風呂をしたい気分だが、湯を張るという動作を面倒に感じるくらいには、疲れていた。
けれど、目の前のイチゴを無視して安眠は出来なさそうだ。七海の性格からして。
朝晩は冷えるといえど、昼頃には春の陽気が部屋を満たす季節だ。イチゴは足が早いから、ぐっすりと眠って起きたら傷んでしまうかもしれない。
それは勿体ない。何せ、どう見ても高級品なので。
木箱の中には柔らかそうな緩衝材が敷き詰められて、イチゴは一粒一粒、余裕を持って配置されている。
しかも紅白だ。紅いイチゴと白いイチゴの列が交互に並んでいて、おそらくは贈答品なのだろうと察せられる。
果物が飛びついて好き、というわけではない七海でも、これを食べずに腐らせるのは申し訳ない気になる。
奇跡的に空いていた野菜室に仕舞って、七海はシャワーを浴びることにした。横流ししてきたのが誰かなど、考えるべきことは明日の自分に押し付けるに限る。

という昨晩の思考を、野菜室を開けたところで七海は思い出した。正確には、木箱入りのイチゴを見るまで、すっかりと忘れていた。
七海は恭しく木箱を取り出すと、ひとまず、キッチンカウンターに置く。とはいえ、七海に対してこんなことをする人物の心当たりは一人だけなので、サクッと連絡を入れた。
一分と立たずに着信があった。暇なのか。
『それ! 僕も食べるから!』
「ならご自分で保管してください」
『急な任務だったんだよ〜僕悪くないだろ〜』
それなら仕方ないのかもしれない。相手は多忙なんて言葉では足りないくらいに引っ張りだこの、特級呪術師サマだ。別に七海も怒っていたわけではないので、そこは置いといて。
「五条さん、アナタ何粒食べますか?」
『一緒に食べさせろよ!』
元気な叫びだった。通話口の外からも聞こえてきそうなくらいだ。
「ちゃんと待ってますから、くれぐれも怪我をしないように」
『任務は終わったから大丈夫』
「いえ、浮かれすぎて転びそうなので……」
『僕そんなマヌケじゃないけど!?』
二度目の叫びだった。
元気だな、と微笑ましく思うくらいには、七海の思考もまだまだ眠気に包まれているようだ。

◆ ◆ ◆

通話口の七海の声は随分とぽやぽやしていたが、五条が着いた頃にはシャッキリとしていた。残念だ。
ぽやぽやとしている七海は、いつもよりもワガママで甘えたになって相手が大変だ。けれどいつもは隠している本音が聞けるのだと思えば、そんなところもカワイイ、と五条は思ってしまう。
逆に考えれば、そのくらいの時間で回復できる程度の疲労だったということだ。七海はワーカホリックのきらいがあるから、五条としてはそのほうが安心できる。残念なのも事実だが。
七海は手料理とともに五条を出迎えた。久しぶりの温かい食事を堪能し終わると、七海はいそいそとイチゴを持ってくる。楽しみにしていたらしい。
ならばこちらもと、五条はスーパーのレジ袋からお目当てのものを取り出す。五条の取り出したものを見て、七海は呆れた顔をした。
「必要不可欠でしょ、練乳コレ
「……なくても充分に甘いと思いますが」
「そりゃ、なくても美味しい。でもあったらもっと美味しい。というか嬉しい」
五条の心からの主張だったのだが、七海は賛同してくれないらしい。最初の一粒くらいは何もなしで食べるつもりだったので、五条は練乳を脇によける。
がぶりと齧り付いた途端、広がる甘みとイチゴの香りは、素直に美味しいなと五条も思う。食べ慣れた味だ。
そうして、無言の七海が気になって、五条はちらりと様子を窺う。
「美味しい?」
「……美味しいです」
何故だか七海の声は少し悔しげだったが、イチゴを如何に美味しいと感じたか、何よりもその表情が物語っている。あんまり見られないレアな表情だったから、五条は心の中でシャッターを切った。
後始末が面倒だから、という一点で、五条はあまり果物を食べない。だけれど、この反応を見ると、七海は、果物は好きなほうなのかもしれない。
今度から、手土産のレパートリーに加えようか。などと考えつつ、五条は脳内で馴染みの店のリストアップを始めた。