短編 巣を作る

七海の家のリビングには、巣がある。
ここはオメガバースの世界線ではないし、就業時間が不規則なことを気にして、生真面目な七海は小動物を飼育するつもりがない。
巣材はマイクロビーズの柔らかなクッションに、肌触りの良い毛布と、足元は毛足の長いラグで固められている。目の前のテーブルには専用のお菓子のアソートボックスがあって、腕を伸ばして届く範囲にゴミ箱まで用意されている。至れり尽くせりだ。
場所はリビング中央にドンと置いてある大きなソファの角、肘置きからはみ出るようにして、その巣は形成されている。
巣を作ったのは七海の恋人、五条だ。
それでも最初は、家を出る前に片付けてほしいと、都度言っていた。巣を残しておきたかったらしい五条は、それでも家主の意向には従って、クッションも毛布も所定の位置に戻していた。
毎回毎回、律儀に出して片付けてを繰り返す五条に、七海は思わず聞いてしまった。何故、そうも拘るのか。
曰く、七海の家に自分の居場所があるのが嬉しい、と。物を溜め込まないようにしている七海の家に、自分専用のものが増えると気を許されているのがわかって嬉しい、と。
これを聞いた七海は、大きな手のひらで顔を覆って天を仰いだ。今日も今日とて、巣を作って埋もれている五条には、その表情はチラとも窺えない。
恋人の発言の可愛さに悶絶している表情を、七海は、当の恋人には絶対に見られたくなかった。幻滅される、なんてことは万が一にもないが、恋人の前ではカッコつけたいオトコゴコロというやつで。
かくしてそれ以来、七海が五条に片付けてくれと言うことはなくなった。それどころか、五条の巣の前のテーブルにお菓子の詰め合わせを、足元には包み紙を捨てるためのゴミ箱を置くようになった。
その七海の行動で、全面的にお許しが出たと理解した五条は、七海の家にせっせと私物を増やしていく。今や、高専内の五条専用の仮眠室よりも、七海の家のほうが五条の私物は多いほどだ。
ついには五条が居る居ないに関わらず、五条の巣の横が七海の定位置となった。七海と喧嘩するとお菓子の詰め合わせは取り上げられるが、七海の機嫌の良いときにはココアまでついてくるようになった。
こうして、五条の巣は出来上がった。
この結果は予測していなかった五条だが、七海に甘えを受け入れられて満足しているし、そんな五条を見る七海の顔は満更でもないと語っている。