短編 ひまわり

どこまでも黄色かった。
空は雲一つない青空で、非の打ち所のない真っ青で、けれど五条はそれには関心がなかった。心を動かされることもなかった。
五条の目が釘付けになったのは、地上、そこに広がる黄色の花畑だ。手前には緑の葉や茎が覗いて、遠くになるにつれて、緑は合間合間に散らばっている。あとは黄色だけだ。
その色の組み合わせで、五条は七海に逢いたくなった。
七海の髪色はもっと黄色が強くて灰色がかっているし、目は黄緑に近いけれど少し濃くてくすんだ色をしている。色味は似ていない。だけど黄色と緑という組み合わせに、黄色の中に緑が点在している様子に、五条は七海を思い浮かべた。
五条が立ち尽くすのは、スペインはアンダルシア、情熱の国の中でもより情熱的な都市、らしい。その地に、五条は任務を受けてやって来た。つまりは仕事だ。
海外出張は必然的に長期になりやすく、メリットといえば上層部との面倒な会合がなくなるくらいだ。出張中は可愛い教え子たちの授業や引率もできないし、恋人の七海と逢うことも叶わない。全く割に合わない。
海外出張前は、その間に芽吹きそうな問題の種を全て潰さなければならない。そうして出張から帰ってくれば、その間に起こった問題の後始末をしなければならない。
海外出張の前後はどちらも任務を詰め込まれて忙しく、結果、五条は任務にあたる一週間前から七海に逢えていない。帰ってからも、一週間は七海に逢えそうにない。七海不足が深刻だ。
そんなとき、五条は地平線を超えて広がるひまわり畑を目にした。
五条は無意識にスマホを取り出して、その風景を写真に収めた。

◆ ◆ ◆

軽快な電子音が響く。音源はサイドテーブルの上の五条のスマホで、持ち主の五条は起きる気配がない。
今日の午前中はオフをもぎ取ったと五条は喜んでいたから、起床のためのアラームではないだろう。すぐさま止まったことから考えるに、おそらく着信でもない。
現在時刻は日の出の少し前、朝焼けが美しいだろう時間帯だ。こんな時間にくる連絡は碌でもないものばかりだが、それが電話でないなら話は別だ。喫緊の案件ではないだろうから、七海は少し安心した。
長期の出張帰りで、出張中に日本で起きたゴタゴタを片付け終えた五条は流石に疲れが見えて、昨晩は何もしないで寝落ちた。五条はそのことを悔しがりそうだけど、五条の体調を心配する七海としては胸を撫で下ろしたくらいだ。求められたら拒める気がしなかったので。
五条の貴重なオフが無事ならば、目くじらを立てる程でもない。七海は手馴れた動作でロックを解除して、画面の眩しさに目を細めた。
送り主は伊地知で、今日の昼過ぎから入っていた会合が先方の都合で明後日に変更されたと、喜びが滲み出るように書かれていた。伊地知の心情は、七海の想像でしかないが。
五条が起きたら折り返し連絡を入れてもらうことにして、七海はアプリのタスクを切る。そうしてスマホの明かりを落とす直前、七海の視界に黄色が飛び込んだ。現地の熱気が伝わるような鮮やかなひまわり畑は、五条が出張先で撮ったものだろう。珍しい。
五条は、美しい風景を切り取って手元に留めておきたい、というタイプではない。だから五条が、その景色を自発的に写真に収めたという事実に、七海も少しばかり関心を寄せた。
「……ななみ」
「起こしてしまいましたか?」
七海が動く気配か、はたまたスマホの画面の眩しさか、五条の安眠を妨害してしまったらしい。
「ちがう、おきただけ」
あくまで自分で起きたのだと主張する姿に、七海はいじらしさを感じてしまう。それと同時に、不意に閃いてしまった。
あの写真を何故撮ったのか、そうして、何故待ち受けにしたのか。今聞かなくては、答えてもらえない気がした。あくまでただの直感でしかないが。
「では、眠くなるまでお話ししましょうか」
「ぅん……」
寝言か同意かも判然としない呟きを、五条が漏らす。今すぐ眠りに促してやりたい気持ちと好奇心を満たしたい気持ちと、二つが七海の中で戦って、後者が勝利を収めた。
「待ち受けの写真は五条さんが撮ったんですか?」
「そう、キレーだったから……」
花に関する五条の趣味は、初めて聞けた。
大振りで色の強い花が好きなのだろうか。今後のために、七海は脳内に書き留めた。
「ななみみたいだから」
「は」
「きいろとみどり、ななみみたいでキレーで」
脱力した腕を、時間を掛けて持ち上げて、五条は七海の前髪を揺らす。そうして、滑らせるように目元を撫でた。
色は似ていないが、確かに七海の髪と目の色は黄色と緑の組み合わせだ。
「それ見てたら、さみしいのすこしなくなったから」
睡魔に押し流されるように、五条の呼吸は深くなっていく。
五条が寝入ったのを確認してから、七海は大きく深く、肺の空気を出し切るように息を吐いた。頬の赤みは、まだまだ引きそうにない。