ドタンと、扉の立て付けが心配になる音をさせながら、五条がリビングに入ってきた。事前の連絡もなく襲来した五条は我が物顔でソファを占領しているが、家もソファも彼のものではない。本来の家主であり持ち主である七海は、言うだけ無駄な小言を溜息に込めてから、五条の持ち込んだビニール袋を物色する。
見覚えのあるロゴ入りの袋はやたらと大きく、それでも破れそうなほど、中身はギチギチに詰まっていた。予想はできていたがほとんどコンビニスイーツだ。生クリームに溺れているシフォンケーキを五つ数えたところで、開封すらしていないのに胸焼けを感じた七海は仕分けを断念した。これは購入者がやるべき作業だろう。
「ねー七海、聞いてってば」
「片付けながらなら聞きますよ」
余程鬱憤が溜まっていたのか、はたまたスキンシップに飢えていたのか。口では文句を言いながらも、五条はさっさと立ち上がって七海の隣に移動した。淀みなく動く腕によって袋の嵩は見る間に減り、反対に、テーブルの上には小高い丘が出来上がる。棚の商品を全て買ったのだろうか。
そうして五条は迷いなく、申し訳程度に入れられていたスプーンの包みを破いた。いつの間にか着席もしている。
「今食べるんですか」
「そーだよ。食べるために買ってきたんだし」
「食べる?」と聞かれたが、七海が今一番欲しいのは濃い目のブラックコーヒーだ。特に苦味の強いものがいい。
睡眠を放棄した五条に付き合うべく、七海はコーヒーを淹れにキッチンに引っ込んだ。カウンターを挟んだリビングからは、プラカップを開ける音と、無理に機嫌を上向けようとする五条のはしゃいだ声が響く。お手本のような空元気だ。
愛用のコーヒーメーカーに、最近お気に入りの深煎り豆の粉を入れる。誰かさんが甘く濃厚なケーキを好んで買うために、七海のコーヒー豆のストックは深煎りのものから減っていくのだ。コポコポという水音と深まるコーヒーの香りを嗅ぎながら、七海はマグカップを二つ用意した。少し考えて、七海はカウンター越しの五条に声を掛ける。
「砂糖はいりますか」
「今日はいーや」
マグカップをカウンターに乗せ、抽出の終わったサーバーだけを手に持って、七海はテーブルに戻る。五条が積み上げた丘の高さは半分ほどに減っている。いっそ恐怖を感じそうな速度だ。
「時々さ、生クリーム吸いたくなることあるでしょ」
七海には理解できない「時々」だ。けれど反論をしても五条がへそを曲げるだけなので、七海は大人しく黙っておいた。
「舐めるだけなら泡立てても良いんだけど、吸いたいときはチューブのが欲しいんだよね」
生クリームまみれのケーキの欠片を口に放り込んで、五条はしっかりと咀嚼してから喉をゴクリと動かした。どうやら最後のシフォンケーキだったらしい。
「今日行った近くにスーパーあったから探したんだけど、なかったんだよ!」
ギュッと、五条の感情の荒ぶりを表すように手に力が込められて、スプーンが軋んだ音を立てた。これが普段遣いの食器なら救出に急ぐところだが、使い捨てのスプーンだから七海も心穏やかに見ていられる。滔々と熱く語る五条の言葉は、九割近くを右から左へと流し聞きした。
「それで、気は済んだんですか」
一通り語り尽くして一息ついて、生クリームの摂取を再開した五条に尋ねる。五条は跡形もなくなった丘と、比例して積み上がっていく空き容器を見渡してから、七海に視線を合わせてにっこりと笑う。
「あとは七海が添い寝してくれたらカンペキ」
「添い寝だけでいいんですか?」
「それはねえ、七海によるかな」
ゆるく弧を描く唇を舐める舌は、ひどく蠱惑的に見えた。