そういうことで、恋人になってから初めての五条の誕生日、七海は誕生日プレゼントというものに悩んでいた。七海に甘い五条のことだから、七海が悩んで選んだとなれば、きっと何でも喜んでくれる。これは自惚れではなく信頼だ。
しかし今までの、七海から五条へのアプローチ方法がネックとなっていた。端的にいって貢ぎ過ぎたのだ。消耗品が大半だが、それ以外にも、親しい友人関係なら贈るだろうギリギリのラインを攻めていた。結果として、贈ったことのないものは一般的に「重い」と称されるようなものばかりとなっている。たとえば指輪とか。
七海としては指輪を贈るのも吝かではないが、それは今ではない気もする。いつかは絶対に贈りたいと思っているが。そうして七海はまた悩み始める。
多忙に輪をかける師走の迫りくる中、それでも暇を見つけて、七海はプレゼント探しに励んだ。ハロウィンが過ぎれば、街は一気にクリスマスムードになって品揃えもそれらしくなる。クリスマス限定品を選ぶのも何だか納得できなくて、七海の心には焦りが生じ始めた。
◆ ◆ ◆
五条は自身の誕生日が好きだ。正確には好きになった。
実家では、面倒な儀式ばかりの早く終わってほしい一日だった。しかし今は、渋々ながらも五条自身を祝ってくれる相手が増えて、楽しい一日となっていた。それに何より、今年は七海が恋人として祝ってくれるのだ。七海の家に向かう足も自然と軽くなっていた。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがと〜!」
いつもより量は控えめだが手の込んだ料理を堪能したあとの、ソファでの団欒の一時。上機嫌なままの五条の隣から、ラッピングされた箱が差し出された。その手から辿るように視線を移せば、七海の顔には緊張の色が滲んでいる。珍しいことだ。
「気に入るといいのですが」
「オマエが選んでくれたものなら何でも嬉しいよ」
「……あまり、甘やかさないでください」
呻くような七海の声に適当な返事をしながら、五条は外箱の蓋をそっと持ち上げる。中には一本の瓶が仕切りに囲まれて鎮座していた。
「……香水?」
「私が使っているものと同じブランドのものです」
瓶を持ち上げて光に透かすように掲げる。中の液体は透き通った淡いオレンジ色をしている。ラベルに印字されたロゴは見覚えのないもので、黒いキャップは照明を柔らかく反射している。
「僕、香水ってあんまりつけないけど」
キャップを軽く回すと、ほのかに匂いが広がった。鼻を近付けると強くなる。香水に詳しくない五条からすると、何だか花のような香りがするような、くらいしかわからない。これが七海の中での五条のイメージなのだろうか。
「これ、どうやってつけるの?」
「そうですね、……たとえば」
身を乗り出すように近付いた七海は、右手を伸ばし、五条の髪に触れる。
「髪や」
柔らかな髪を撫でつけたあと、そのまま耳の後ろをなぞり、七海の指先は項に届いた。五条は触れるか触れないかの感触に首を竦ませる。
「うなじ、……あとは」
首筋を離れて肩を辿って腕を下りてきた指先は、急に進路を変えて肘の内側に潜り込む。七海の捉えた腕の反対側、五条の手の中で、香水がチャプンと揺れた気がした。
「肘の内側、ですかね」
「……手首、とかは」
「手首は付けやすいですが、付けすぎると匂いがキツイでしょう」
ゆるゆると服の皺を手繰るように七海の指先は移動して、つられて、五条の腕は持ち上げられる。その指の動きに、見てはいけないものを見ているような気分になって、五条の顔は俯いていった。耳の裏に心臓が移動したようだ。
息を呑んだ途端、パッと七海の手が離れていく。五条の手はだらりとソファの上に転がった。
「忘れてたんですが、ケーキも買ったんです。今から食べましょうか」
重く濃くなった空気を霧散させる七海の声に促されても、五条は立ち上がることができなかった。