――七海の誕生日プレゼントが決まらない。
ちなみに、悩んでとち狂って相談した家入には鼻で笑われた。薄情なと思わなくもないが、彼女からの扱いなんていつもそんなものだ。家入に助言を求めることはすっぱりと諦めて、けれども、そうすると手詰まりとなってしまう。結果、冒頭へと戻るのだ。
そもそも七海はこだわりの強いほうだ。スーツや革靴などの仕事道具のみならず、家具から食材に至るまで、吟味に吟味を重ねて選んだものたちで固めている。よくもそこまで情熱を傾けられるものだと、若干呆れてしまうほどに。
そんな七海にプレゼントを渡す瞬間は、実は毎回心臓が煩くなるくらいには緊張している。
七海なら、真剣に考えて選んだものであれば、たとえ趣味に合わないものでも喜んでくれる。そこのところはもう疑っていない。しかし喜んでくれると理解しているからこそ、彼の趣味に合って需要に合って心から喜ばれるものを選びたい。五条だって恋人にはカッコつけたいものなのだ。
そうして悩んで悩んで、途中繁忙期になって任務がドッと増えて、気付けば七月三日になっていた。日付変更まであと一時間ほど、四捨五入すればもう四日だが、ギリギリ七海の誕生日当日だ。
プレゼントは決まらなかったが、顔を合わせて「おめでとう」の一言くらいは贈りたかった。しかし任務は待ってくれず、七海の家についた今、家主はとうに夢の中だった。七海の誕生日でなければ厄日だと嘆いているところだろう。
五条が多忙だったのなら七海も同じだったはずで、そんな彼の安眠を妨げるのは本意でない。手早く風呂を借りた五条は、慎重に、七海の隣に滑り込んだ。
直接お祝いを言えなかったのは残念だが、メッセージは日付が変わってすぐに送っている。だからそんなに落ち込むこともない。自分に言い聞かせながら、五条はかたわらの熱にすり寄った。そうして、起きてからプレゼントのリクエストをきいて、出来れば任務の調整をして、と指折り数える頃には眠りに落ちていた。
不意に意識が浮上する。あわせてまぶたも持ち上げれば、昨日はあったはずの体温がなくなっていた。七海が起きたことに気づかずに眠り続けていたらしい。普段は眠りの浅い五条だが、七海の家でその体温に寄り添えば、途端にぐっすりと寝入ってしまう。家入からは「良い傾向だ」なんて笑われる始末だ。
それにしても、日が昇っているとはいえまだ早い時間だ。七海の今日の任務は朝からあるのだろう。見送りはできるだろうかと寝室を抜け出すと、予想通り、リビングには見慣れたスーツ姿の七海がいた。新聞を脇に避けてスマホを眺める姿は、どこか時間を持て余しているようにも見える。もしかしたら五条が起きるのを待っていたのかもしれない。
「おはよ」
「おはようございます」
「プレゼント、何が欲しい?」
挨拶を遮るように聞けば、七海は少しムッとしたように黙る。前のめりになり過ぎたかと反省しながらも、五条のよく回る口は止まらない。
「色々考えたんだよ? 食べ物とか服とか。でも服とかはこだわるタイプだし、食事は用意しても一緒に食べられなさそうだし。あ、海の近くにいい感じの戸建てがあるんだけど」
「却下で」
「……でしょ。だからもー手詰まりってわけ」
軽口を叩きながら、テーブルを挟んで向かいに座った。対面の七海の視線は斜め下に向けられている。何をそんなに言い淀んでいるのだろうか。
「物ではなく、して欲しいことならあるんですが……」
「え、なに、てかナニ? エッチなこと?」
「違います」
呆れた目を向けられて、五条は浮かした腰を椅子に戻す。
「えーじゃあ、尚更なに? そんな改まってさ」
「……今年の誕生日プレゼントを受け取ってほしいんです」
「そんなことぉ?」
予想外のお願いに、五条は体を前のめりに倒した。間近から覗き込んだ七海の目からは、しかし口にした以外の意図を読み取ることは出来ない。
「……ダメでしょうか」
「いや受け取るに決まってんでしょ。そもそもオマエからのプレゼント、受け取り拒否した覚えないんだけど」
「まあ、そうですね。ただ……」
「ただ?」
「いえ、返品は不可ですが、破棄は自由にしてください」
「しないって。なに、そんなとんでもないものプレゼントするつもりなの」
「まあ、はい」
言葉を切った七海の視線がスマホに移って、すぐさま五条に戻される。
「指輪なので」
「は」
途端、七海のスマホが鳴る。予知していたようにスマホを手にした七海は、固まる五条をよそに席を立つ。リビングを出る直前、振り返った七海の「いってきます」に「いってらっしゃい」と返したのは、ただの反射だ。玄関の施錠の音がやけに大きく響いた。
それから数秒後、リビングに特大の五条の疑問符が落ちたが、応える者はいなかった。