短編 合鍵をもらった

先日、七海は五条から合鍵を受け取った。
七海としてはそれ以前より、所謂アプローチを続けていて、漸く念願かなってというところだった。ついでに手の一つや二つ出してやりたいくらいだったが、流石にそれは気が早いというものだろう。その日の七海は、大人しく五条の新居への招待を受けて、お行儀よく日付を跨ぐ前に帰った。
キスはした。お互いにいい年した大人なので、これくらいなら許されるだろうと思って、目一杯に堪能した。
しかしその日から、五条に避けられている。
七海は頭を抱えて悩んでいた。心情的な意味で。人目も憚らずに出来るほど、七海は周囲の人間を背景扱いはしていない。
何が問題だったのか、という自問を、七海は幾度となく繰り返した。仕事上では変わりない。高専で行き合うとき、任務先で出会すとき、五条の態度は今までと何も変わらない。公私はしっかりと分けられているから、問題はプライベートだ。
五条からの連絡がなくなった。事務的な連絡は相変わらずフザケたノリで寄越されるから、七海は通知を見て期待して、メッセージを開くたびに落胆する。
七海は、その手段が画面越しであれ直接の触れ合いであれ、恋人とはしっかりとコミュニケーションを取りたいと思うほうだ。いや、恋人と一概に言っては語弊がある。以前まで、五条と付き合う前までの恋人に対して、七海は割と淡白なほうだった。けれど五条相手では違う。
出来るだけ言葉を交わしたいし触れ合いたいし、食事を共にするのもいい。せめて顔を見るくらいは毎日したいし、一緒にいられるなら、二人して全く別のことをしていても構わない。
そこで七海は気付いた。五条不足だ。
五条からの連絡を待つのは諦めた。五条の頑なさを、七海はよくよく理解しているつもりだ。何が気に障ったのかは知らないが、七海から動かなければ、五条が曲げたヘソを直すことはないだろう。
「五条さん」
ということで、七海は五条を待ち伏せた。メッセージも何も当たり障りなく返されるばかりだから、もうこの方法しか考えつかなかったのだ。
対する五条は、七海の声色に何事かを感じ取ったらしい。バツが悪そうに、チラリと七海から視線を外した。
「何?」
「少し話せませんか? どこか、人目につかないところで」
「えー、七海ってばエッチ! 僕に何しようって言うの〜?」
瞬時に調子を取り戻してフザケる五条に、七海は大変イラッとした。イラッとしたので、反撃をした。
「してもイイというのなら、そうですね、隅々まで舐めて齧って、アナタのナカに挿れて、声が枯れるまで揺さぶりたいのですが」
触れ合ってしまいそうなほどに五条に近寄って、その耳に口を寄せる。間違っても周りに聞かれないように低くして、ほとんど吐息のような声で囁いた。
と、五条が瞬間湯沸かし器よりも余程優秀な速度で、耳まで真っ赤に染め上げた。首からは湯気が出そうなほどだ。
耳を庇うように手で覆って、五条は飛び退くように七海から距離を取る。驚いた猫のような動きだった。
「七海のバーーーカ‼」
走り去る直前、五条が苦し紛れに叫んだその言葉さえ、七海には甘く聞こえた。