自分はこんなに弱かっただろうかと、五条は自問した。唯一の親友と道を違えたあとも変わらず生きてこれたし、その彼を手に掛けることだって出来た。やりたくなかったけれど、五条にしかやり遂げられない役目だから仕方ない。
五条はいつも見送る側で置いていかれる側で、だから喪失には慣れている。そのはずだ。けれどもしかしたら、あるいは親友の件がトドメとなって、五条は以前よりも随分と精神的に打たれ弱くなってしまったのかもしれない。ぽっかりと胸に穴が空いたように感じられて、そこに吹く隙間風に心が凍えそうだと思ってしまうほどに。現代最強が聞いて呆れてしまうほどに。
自身の弱さから目を逸らしたくて、五条はメッセージアプリを開く。しかしそこで指が止まった。いつまでも既読のつかないトーク画面を見せられたら、七海の不在を突きつけられる気がしたからだ。臆病風に吹かれるとはこのことか。
せめてあの感動を共有した気持ちになれればと思ったのに、現実逃避さえ出来なくなってしまった。真っ暗でうんともすんとも言わないガラス板を眺めて、五条は唇をひん曲げて黙り込んだ。
そうして、久しぶりに帰った自宅で、五条は筆記用具と紙を探している。冷蔵庫が空っぽなのは想定内だが、まさかコピー用紙の一枚もないとは思わなかった。ボールペンは辛うじてあったのに。
割り切りの早い五条の頭は、帰路の間に、次なる手段を考えついていた。つまり手紙だ。
伝えることに執着する必要もないのだが、五条はこの時点で自棄になって躍起になっていたのだろう。どうにかしてあの海の美しさを、それらを感じられた自身の情緒を、七海に伝えてやると決意していた。もしかしたら、七海にアレコレと言われたことを密かに根に持っていたのかもしれない。
何とか探し出したのは、どこかの販促品らしきメモ帳だった。デカデカとした企業のロゴに申し訳程度のキャラクターが色を添え、上部が糊付けされてペリペリと剥がせるタイプのアレ。高専の事務室など、固定電話とセットで置かれがちな量産品だ。こんな紙ではどれ程の美文を並べても霞んでしまうだろう。
出の悪いボールペンを宥めながら、ためしに一文を認める。率直に飾らずに、誇張せずに思ったままを。
たったの七文字と句点で終わったそれを睨みつけてから、五条は肩を竦めて溜息を吐く。冷蔵庫に貼られた伝言にしか見えなかった。小学生の日記のほうがいくらかマシだと、五条自身も呆れてしまう。
ぐうと腕を伸ばして、それでもやる気は戻ってこなくて、五条は背後に体を倒した。カーペットなんて気の利いたもののないフローリングからは、冬の冷気がじかに伝わってくる。寒い、のは、果たして床の冷たさのせいだけだろうか。詮無いことばかり考えてしまう。七海宅のふかふかとしたカーペットの感触を思い出せば、寒さがより身に沁みた気がした。
ぐるぐるごろごろと右に左に体を転がして、唐突に動きを止める。どうしようもないことは明日考えようと、五条にしては珍しい先延ばしをすることにした。