先日の、定時間際に舞い込んだ厄介な案件のせいで、この頃の五条の残業は増すばかりだ。比例して七海特製のデザートを食べる機会も減っていて、五条にとっては、残業の増加よりも余程切実な死活問題だった。作業と割り切っていた糖分補給が、今や七海手作りのものでないと苦痛に感じるようになってしまったので。
七海に持たされたタッパーを開けると、ラップに包まれたパウンドケーキが隙間なく詰め込まれている。潰さないように注意しながら一つ取り出せば、まさにスポンジという柔らかな生地に指が沈みそうになった。そのままそっと、裏返しにしたタッパーの蓋に乗せる。ぺりぺりと剥がしているのは味気ないご家庭お徳用ラップだが、その気分はプレゼントのラッピングを開けるときのようだ。
パクリと大きく一口食べれば、しっとりふかふかのスポンジに、ナッツの食感が良いアクセントになっている。思わず頬も緩むというものだ。
タッパーの中身はどれもこれも、真ん中あたりの一番膨れた部分を選んで詰められていた。七海は五条を甘やかすことを趣味にしているから、端は全て、彼の今日のおやつとなっているのだろう。そんなささやかな思い遣りを感じるたび、五条は七海に逢いたくて仕方なくなる。今は疲れが積み重なっているから尚更だろうけど。
そうして無言で食べ進めていたらあっという間に食べ終えてしまった。もっと味わいたかったと残念に思いつつ、五条は恭しくタッパーの蓋を閉めて、手を合わせる。「ご馳走さま」も「美味しかった」も、いつものデザートと違って顔を見て伝えられない。それも残念だ。
少しでも早く七海に逢いたくて、五条は気合を入れ直すようにグッと伸びをした。