テキパキと土鍋と小鉢を片付けた七海は、デザートのプリンと薬を携えて五条のいる寝室に戻った。高熱で思考力の溶けた五条は、七海のその献身的な看護をただぼんやりと眺めている。熱に侵された五条が考えられることなど、「七海が出ていった」「七海が戻ってきた」「七海がいる」の三つくらいなので。
卵黄をたっぷりと使ったプリンは栄養も味も抜群だが、今の五条は甘味は疎か、それ以外の味覚も鈍ってしまっている。頭がシャッキリしていれば、プリンを充分に味わえないことに悔し涙を呑んでいただろう。
それでも「食べられますか」という七海の問いには力強く首肯いた。たとえ万全の状態でなくとも、七海の手料理を逃すなんて勿体ないこと、五条に出来るはずもなかった。
小振りのスプーンで切り取ったプリンを、七海は五条の口元に差し出す。つるりと吸い込むように口に入れたそれは、予想通りに味がしない。けれど五条の脳裏にはいつものプリンの味が甦って、当たり前のように「おいしい」と感じられた。催促するように五条が口を開くとすぐに次の一口が差し出されて、あっという間に完食してしまう。七海はプリンの器を脇に避けると、五条の手にグラスと薬が握らせた。
「薬を飲んだら、早く寝てくださいね」
「うん。……ななみ」
「はい」
「おいしかった。ありがと」
いつもより随分と動きの遅い舌に苦戦しながら、五条はそれでも感想と感謝を伝えた。たどたどしいその言葉に、七海は安心させるように微笑んでから、横になった五条の肩まで布団を掛ける。幼い子どものような扱いに憤慨しながらも、五条の意識は睡魔に抗えずにスコンと落ちた。