五条の勤め先はフレックスタイム制度を取り入れていて、コアタイムは午後に設定されている。だから午前中は余裕があって、そこに七海のパティスリーの定休日が重なれば、必然的に朝から豪勢な食卓になる。
バターの香りに混じって、プリンのような卵と砂糖の甘い匂いと、チーズと黒胡椒のしょっぱい匂いがキッチンから溢れている。前者は五条のためのもので、後者は七海のためのものだ。
ふわふわの食パンにナイフを入れて、スッと切り分ける。皿にこぼれたメープルシロップを掬って口に入れると、じゅわっと卵液と滲み出して、バターとメープルシロップと混ざった。
「んんん〜おいし〜〜〜!」
「それは良かった」
向かいに座る七海の皿からは、前述の通りチーズの匂いがする。黒胡椒との相性も抜群だろう。甘いものを食べたらしょっぱいものが食べたくなるのは人の常だ。
「交換しない?」
「……はぁ。一口だけですよ」
わざとらしく溜息を吐きながらも、それがポーズでしかないことを、五条はちゃんと知っている。五条に知られていることを七海も理解しているので、結局は戯れ合いに過ぎないのだ。
五条のものより薄い食パンでチーズを挟んだフレンチトーストはクロックムッシュ風で、七海がナイフを入れたそばから間のチーズが溢れていく。器用にナイフでチーズを切って巻き付けて、七海はフォークを五条に差し出した。
「こっちもおいしい!」
呆れた表情をキープしていた七海も、五条の弾んだ声に口角がほんの少し上を向く。その表情の変化が可愛くて可愛くて、さっきよりもはしゃいだ声が出そうになって、五条はグッとフレンチトーストと共に飲み込んだ。