本来なら、キルシュ酒をふんだんに使うケーキだから、目の前にしただけでふわりとさくらんぼとアルコールの混じった香りがする。けれどこのケーキはさくらんぼの甘い香りしかしない、七海の特別製だ。
一人用のミニケーキは、一粒のさくらんぼを天辺にして、ふわふわのホイップクリームで飾り立てられている。中がどんな層になっているかは、フォークで切り取ってからのお楽しみだ。
異なる素材同士の異なる食感の層を突き抜けて、ケーキの一角を切り取る。お楽しみの断面図は視界に入れないようにして、五条はフォークの上のケーキを一口で食べた。
ふわふわのクリームとココアスポンジとそこに染みたシロップ、七海お手製のシロップ漬けのさくらんぼと、アクセントのチョコガナッシュの全部が美味しかった。
「おいし〜〜〜! ホールで食べたい!」
「ありがとうございます」
「ガナッシュ、新しく入れた? おいしいね」
「アクセントに良いかと思いまして」
七海と会話をする間も、五条の手が止まることはない。味わいもしないでがっついているわけではないが、美味しいので食べるペースが自然と早くなってしまうのだ。と、五条は誰にともなく言い訳する。
そうして、最後に皿の上に残ったのはケーキの天辺を飾っていたさくらんぼだ。クリスマスツリーの星みたいだなんて思いながら、五条はフォークを突き立てる。
このさくらんぼの一粒でさえ七海からの慈しみに溢れているのだから、味わわないで食べるなんて選択肢は、五条の中には存在しないのだ。