五条は下戸だ。アレルギーではないけれどアルコールに弱く、洋酒の効いたお菓子は酔って気持ち悪くなってしまうので食べられない。サヴァランも、食べてみたいとは思っていたがレシピを知って諦めた記憶がある。
「七海、これ」
「ノンアルコールのサヴァランです。これなら美味しく食べられますよ」
サヴァランにフォークを入れる。途端にあふれるシロップからはひたすらに甘い香りがして、それだけで五条の期待値は高まっていく。
シロップを垂らさないように気を付けて、切り分けた一口分のサヴァランを頬張る。口の中は甘い甘いシロップで満たされて、けれど仄かに柑橘類の爽やかな風味も感じられて、そのバランスは完璧に整っていた。
「……おいし〜〜〜」
「特別製ですから」
しれっと何でもないことのように七海は言うけれど、これ以上の愛の言葉は中々ないのではないかと、五条は心の中で悶絶する。
悶絶する間もフォークは一向に止まらなくて、サヴァランは跡形もない。皿の上にはしみ出したシロップだけが点々と残っていた。勿体ない。勿体ないけれど、飲み干そうとするのは、ここが家の中といえどはしたない気がする。だけど。
「……どうぞ」
五条が口には出さずにウンウン悩んでいたら、向かいの七海が皿を差し出した。その上には一口も食べていない、七海の分のサヴァランが乗っている。
「でも、それじゃ、七海が食べられないでしょ」
「良いんですよ、アナタが幸せそうに食べる姿が見たくて作ったんですから」
七海が穏やかに笑いながら囁いた言葉に、五条はノックアウトされた。辛うじて「ありがとう」と返して、五条はサヴァランを噛み締めた。