ふわトロサクッと三種類の食感をフォークで貫いたとき、ふと、バイトの少女を思い出した。一歩間違えば苛烈ともいえそうな勝ち気な笑顔を浮かべる少女も、イートインのスタッフとして雇われたらしい。見上げるような身長差の五条に対しても物怖じしない度胸のある少女は、オススメを訊くと「コレね」とレモンメレンゲパイを指差した。
こんもりとしたメレンゲの白い山には所々焼き色がついていて、中の様子は窺えない。けれどその時点で七海のパティスリーの常連だった五条は、迷うことなくオススメされたパイを頼んだ。当然ながら美味しかった。
そんなことを何とはなしに考えながら、レモンパイを頬張る。
「おいし〜!」
やっぱり美味しい。レモンの酸味がこれでもかと主張するレモンカードを、メレンゲの甘さが支えている。土台のパイ生地も、バターのほのかな甘さと塩気と食感の良さのトリプルコンボが決まっていた。
「これ、野薔薇ちゃんにオススメされたんだよね」
「のばらちゃん、ですか……」
「名前で呼ばれないのが違和感なんだって」
五条が名字で読んだ瞬間、少女は盛大にしかめっ面をしてみせた。
「僕、あの子とは初対面だと思ったんだけどな……」
「何か聞いてる?」と七海に水を向けるも、返答はなされずに、「おかわりはいりませんか?」と逆に五条のほうが問い掛けられた。話を反らしたいという意図はあからさまだったが、敢えて追及の手を引っ込めて、五条は七海の思惑に乗っかることにした。
あくまでそれは、五条が七海を慮る優しさに溢れた人柄だったからだ。決して、目先のおかわりに釣られたなんてことではない。