七海の秘密

七海にはいわゆる前世・・の記憶がある。呪術師として生きたときの記憶だ。
何もかもが鮮やかな記憶の中で、その人は特に色鮮やかだった。見惚れるほどの容姿もそれを裏切るような言動も、全てが規格外で、目を離せなくて目で追ってしまって。七海は気付いたら五条に恋をしていた。前世の記憶の中と生きている今と、同じ人に二度も恋をしてしまったのだ。そんな五条と恋人になれて、七海はこの世の春とばかりに浮かれていた。その日々に影が差す。
夢を見た。忘れたくても忘れられない渋谷駅で、ひたすら五条の元へと急ぐ夢だ。
すでに疲労も苦痛も遠くなった体を引きずって、夢だと理解しないまま足掻く。けれど記憶と違って、階段を降りた先、改札との間に五条が立ち尽くしている。そこでようやく夢だと気付くのだ。
五条の体で遮られているのに、その目の前に一つの箱があることを、七海は知っている。それは鍵だ。五条が前世を思い出すための、鍵になるものだ。
箱に伸ばされた腕を、咄嗟に握って止める。七海の握力の下で、五条の腕がギシと軋んだ気がした。振り返らないでくれと七海は願う。今の自分を、血に塗れ半身に火傷を負った姿を、五条にだけは見られたくなかった。なのに五条の顔はゆっくりと振り向く。
「七海」
揺り起こされて、七海は目を覚ました。不安げな顔をした五条が、七海の顔を覗き込んでいる。全力疾走のあとのような浅い呼吸で、いつになく息が苦しい。汗にまみれた体が気持ち悪かった。
うなされてたよ、水飲む?」
立ち上がろうとした五条を、七海は引き留める。今はただそばにいてほしかった。七海の意図が伝わったのか、五条に体ごと覆い被さるように抱き締められた。五条の背中に腕を回して胸に頬を擦り寄せれば、その体温と鼓動が、今が現実だと実感させる。夢から遠ざかったことに安堵して、七海はゆっくりと息を吐いた。