洋菓子店店長の話

近頃、とんでもないイケメンが来るらしい。
とある住宅街の小ぢんまりとした洋菓子店店長の岡島は、バイトの女子高生が目を輝かせながら語るのを聞いていた。
見上げるような高身長に自然な金髪、目元はサングラスでわからないが、彫りが深くて絶対にイケメンなのだそうだ。
岡島にとっては迷惑行為がない限り、等しく客でしかない。しかし女子高生たちにとってはそうでもないらしく、まるでイチオシのアイドルを語るかのように、その声には熱が込められている。
「は」から「ほ」までのレパートリーの相槌をリピートさせながら、岡島は新作について脳内会議を始める。バイトの子も語りたいだけで、真剣に聞いてほしいわけでもないのだ。
曰く、声もカッコよく、閉店間際に来て、ケースを空っぽにする勢いで買うらしい。なかなかの甘党だ。つまり太客か。
大量購入をして、しかも閉店間際で廃棄の数減らしの一助となっているとすれば、岡島にとっても良客かもしれない。

その日はバイトがいなかった。
シフトを失敗したのでなく、入る予定だった子が病欠しただけだ。イートインもない小さな店でバイトの人数も絞っているから、こういう日はたまにある。
幸い、いや生憎と今日は小雨が降っている。こんな日は客の入りも少ないので、今ある在庫を売り切ったら閉店にしてしまおうか。
ぼんやりとケースの内側に立ちながら、自分の店だと気楽でいいな、なんて考えていた。ら。
カランカランと、来店を知らせるベルを聞いて「いらっしゃいませ」と反射でドアを見る。
そこにはビシッとしたスーツ姿で金髪の、見上げるように背の高い男性が立っていた。大概話を聞き流す岡島でも、さすがにピンときた。
なるほど、これはこれは。
失礼にならない程度にゆっくりと男性を眺めて、岡島は営業スマイルを浮かべる。ケースを挟んで岡島の目の前に立つ男性は、よどみなく商品を注文していく。
ショートケーキ、オペラ、チーズケーキはベイクドとレア、季節のフルーツタルトにアップルパイ……いや、多いな。しかもまだ続いている。
大箱に二つほどの注文を終えて、男性はスマートに財布からカードを取り出す。ピッと差し出す姿すら様になる。
「こちら、いつもご利用いただいているお客様にお配りしているんです」
そう言いながら、レジ横に常備している焼き菓子の袋詰めを、男性の視界に映るように差し出す。男性は「はぁ」と曖昧な返事をしただけだが、まぁいやなら断るだろうと、袋に収めたケーキ箱の上にチョコンとのせる。
今日は閉店時間が早まったなと思いながら、店を後にする男性の背中を見送った。