アパートは自宅の隣にあるから、毎朝の掃除ついでにアパートの前も掃除する。そのとき、通勤や通学の時間があった住人には目礼をする。同じく目礼を返す人や律儀に声に出して挨拶する人、素通りする人や気付いていない人。そういった、通りすが住人を見送るのが好きだから、神尾にとっては天職といえるかもしれない。
「おはよーございます」
きた。
鈴を転がすような声に、少し間延びした挨拶。振り返った先にいたのは、想像通りの人物だった。
朝日にきらめく白髪に、きらきらとした宝石のような瞳、それを覆う真っ黒いサングラス。美の女神といわれたら納得しそうなその女性は、五条というらしい。
入居の挨拶で顔を合わせた覚えはないから、おそらくどこかの部屋に通っているのだ。こんな美人が足繁く通うなんて、どれ程のイイ男なのだろうか。下世話な好奇心を抑えつつ、神尾は五条に挨拶を返す。
五条はにこやかに神尾の横を通りすぎて、その先のゴミ捨て場に向かい、左手に持っていたゴミをテキパキと捨てる。その手付きは慣れていて、案外家庭的なお嬢さんなのかもしれない、などと神尾は思う。
何せ輝かんばかりの美人なので。指一本動かさなくても、周りが全ての障害を勝手に取り払っているといわれても信じてしまいそうなほどの、美人なので。
心のなかで誰にともなく言い訳しながら、神尾は出勤する五条を見送った。