須和は、大学時代からバイトをしていたスーパーにそのまま社員登用されて以降、転勤もなく過ごしてきた。物心ついてから引っ越しの経験はなく、大学は地元の隣の市だったから実家から通って、バイト先のスーパーは利便性をとって実家と大学の間に決めた。
つまり生まれてこのかた、地元から出たことがないのだ。交遊関係も世界も狭い自覚があるが、それでもあんなにキレイな人はそうそういないだろうということは分かる。キラキラとした白い髪に、サングラスから覗く目は空のような青。黒一色の飾り気のない服は、その美しさと華やかさを引き立たせるために用意されたかのように思える。その女性を初めて見たときには、品出しをする手が止まってしまうほどだった。須和には恋愛経験がない。
恋人がいたことはおろか、告白された経験もした経験すらもない。興味がない、わけではないがこれといった機会に恵まれなかったのかもしれない。
そんな須和でも、この憧れのような恋が、およそ実りそうにないということは理解できた。恋人となった自分と女性の姿を思い描けない時点で、それが答えではないだろうか。
そうして、初来店からずっと、女性の姿を盗み見るのは須和のささやかな楽しみになっていた。
須和の勤めるスーパーは、店に入ったら直ぐに惣菜コーナーが見える造りになっている。その後には冷凍食品が続いて、おそらく単身者を意識した並びになっているのだろ
女性は惣菜をザッと見るも手には取らず、冷凍食品には目もくれなかった。
野菜売り場に向かうと、まずは根菜を手に取る。人参、大根、カブと見比べて、サツマイモと蓮根にも手を伸ばす。結局、カブとアスパラガスとキャベツをカゴに入れた。鮮魚コーナーでは切り身を吟味するもカゴには追加せず、精肉コーナーでは手早くいくつかの種類のパックをカゴに足した。
段々と増えていくカゴの中身に、そろそろカートを勧めようかと考える。数は少ないがカブとアスパラガスは、あの女性の細腕にはキビシイものがあるかもしれない。
そわそわし始めた須和は気付かなかったが、そのときスーツ姿で金髪の目立つ男性が入店していた。
男性は店内を見渡すと、目的のものを見つけたようで足早に歩いていく。その先には、須和の気になる女性がいた。
視界の外から女性に近づいてきたスーツ姿の男性に、宙をさ迷っていた須和の腕はその体勢のままで固まる。
「お疲れ様です」
「お疲れさま、早かったね」
返す言葉は聞こえないが、女性のカゴを取り上げる動きはスマートだ。
男性がチラリと振り向いたことには、呆気にとられていた須和は気づかなかった。