カフェ店員の話

最近、気になる人ができた。
今日も来店しているその男性を、不審がられない程度に、小向は盗み見た。
サングラスで目元が隠れていてもわかる精悍な顔立ちに、スーツの上からでも凹凸のよく見える鍛えられた体。そのスーツもよく似合っていて、あれは確実にオーダーメイドだろう。
銀行員にしては少し派手な気がするから、どこぞの商社マンか外資系にでも勤めているのかもしれない。
カッコいい。この一言に尽きる。
小向は、正直にいえば玉の輿に乗りたいタイプだった。そのためなら、付随する全ての面倒事を乗り越えられるくらいの熱意があった。
そんな小向は恋愛面、というよりも行く先の結婚において、石橋を叩き壊すくらいには慎重に行動している。その程度は、未来の結婚相手の将来性と安定性を冷静に見極めるためには、恋愛感情は邪魔ではないかと思うくらいだ。
しかし、そんな小向にも春が訪れる。
勤め先も、ましてや名前も知らない相手に一目惚れなど、今までの小向の主義主張からは大きく外れる。なのに、目が離せないのだ。
雷に打たれるように恋に転がり落ちた小向の日々は、その一目惚れから見事に薔薇色に染まっている。
チラチラと男性を盗み見ると、混み合う時間帯を過ぎた店内で、コーヒーを傾けながら新聞を読むだけでも様になっている。遠目からだと新聞が日本語でないことしかわからないが、英字新聞だろうか。
玉の輿を狙う小向には、相応の自信がある。
顔の造りは変えないまでも自分に合うメイクを練習し、食事の節制とジム通いでスタイルの維持も怠らない。家庭を快適に保つために掃除洗濯のスキルも日々磨いているし、調理師免許も持っている。
告白された回数は二桁以降は数えていないほどだし、もちろん、恋人となってからも努力は続けていたので振られたことはない。イケる、と思った。
相手は常にモテ期というような落ち着いた魅力溢れる男性だが、その隣にいても見劣りしないし支えになれると、小向にはこれまでの努力からくる自負があった。
まずは然り気無く、自然体で。最初から攻勢一方では引かれるかもしれないから、平常を装うことが大事なのだ。
いざ行かんと、決意とは裏腹に決戦に挑むような気迫を漲らせて踏み出そうとしたと来店を知らせるドアベルが鳴る。
——美女がいた。
非の打ち所のない美女が、ドアを手で押さえて店内を見回していた。「いらっしゃいませ」と声に出せたのは、ベテランとしての小向の意地だったのかもしれない。「あ」と言うように顔をさらに輝かせた女性は、件の男性のもとまで歩み寄る。女性に気づいた男性は新聞を畳み、スマートに腰に手を回した。
「おまたせ」
「では行きましょうか」
連れ立って出ていく二人の姿は、ぐうの音も出ないほど完璧だった。