デザート系からお総菜ものまで、種類が豊富なことが売りのパン屋でバイトする判谷は、今日もその女性に目が釘付けになっている。
店内の照明を弾いて輝く銀髪に、万華鏡を回すようにキラキラと色を変える青い瞳、おまけに出るとこ出た素晴らしいスタイルと高身長だ。天使といわれても、美の女神といわれても納得してしまう。
もっとも、いつも黒一色の服に、整いすぎた顔を隠すような黒いサングラスという、職質されかねない服装だ。しかしそんな服装でも彼女の美しさは隠せないし、何より、有名モデルのオシノビ感が増している。
自覚のあることだが、判谷は人一倍、美男美女が好きだった。有り体に言えばメンクイだった。
判谷が釘付けになっている間にも、女性は大量のパンをトレーに載せる。サンドイッチにクロワッサンとカスクート、フルーツたっぷりのデニッシュとあんパンとチョコチップマフィンと……。奇跡的なバランスでトレーに積まれていく。
三食おやつをパンで過ごしているのかもしれない。そのくらいの量だ。
店内を一通り見た女性はまっすぐにレジに向かってくる。つまり判谷の目の前にたつわけで、ここからが判谷の緊張と幸せのピークだ。
重量すら感じるトレーを音もなくレジに置く仕草すら美しい、芸術点加算だ、なんてふざけて緊張を散らし、判谷は数枚のビニール袋を引き出す。緊張と幸せのピークであるが、同時に戦場にもなる。
テンポよくビニール袋にパンを小分けにしながら、間にレジ打ちを挟む。全て終えたころには、パン屋ではあまりお目にかからない金額がレジに表示されていた。ちょっと引く量だ。
しかし今日はこれが最後ではない。むしろここからが本番だ。ラスボスの第二形態だ。
「あの」
手も声も震える。メンクイを拗らせた判谷は美男美女相手に対してだけ、コミュ障となるのだ。
「こちら、試作品で、常連の方にお配りしてるんです」
判谷が震える手で差し出すのは、ラスクが入った小袋。おいしいと評判のフランスパンにひと手間加えた自信作だ。
「ふーん」と、相槌だか独り言だか判断しかねる言葉を小さく漏らして、判谷の差し出す袋を手に取る。裏に表にしげしげと眺める姿に、突き返されることはないだろうと判谷は内心で安堵の息を吐いた。
「ありがと」
最期の呼吸だったかもしれない。
お手本のように口角を上げた微笑みに、判谷は走馬灯を見た。続いた女性の言葉は何も覚えていないほど、その眩しさに目と脳をやられていた。
その日の仕事終わり、輝かんばかりの笑顔を反芻していた判谷は、味の感想を聴きたいという本題を言い忘れていたことに漸く気づいた。